図書室の主 | ナノ

Last concert

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 夢か現実かとまどろんでいると、早々に食べ終えた葵が席を立ち、茜と薫もいつの間にか空になった皿をまとめていた。
「それではおじさま、お父さん、恭介。俺たちは明日が早いので先に失礼します」
「あー……。わかった」
 彼が叱るかと思いきや、あっさり承諾し、3人は一礼すると階段を上がっていった。
 葵や薫はともかく、茜まで一緒に行ってしまうのは珍しい。
「朝陽ちゃんも茜たちと上に行って、遊んでおくか?」
「いや、いいよ。葵くんたちも落ちついて眠れないだろうから。ね、樋山のおじさま、ゼリー食べたい」
「あ、忘れてた。ごめんね」
 彼が朝陽に気を遣うが、朝陽はけろりとしている。
 名賀は「俺もー」とのんびり続け、これはこれで楽しめるかなと恭介が思ったとき、朝陽が「やっぱり帰る」と言い始めた。
「どうしたの、朝陽ちゃん。朝陽ちゃんさえよければ、ゆっくりしてていいよ」
「なんか疲れた。おじさま、持って帰っていい?」
「いいけど……。こっちのタッパーに分けてたし……。葵くんに何か言われた?」
「いや。だけどもう8時になってるし。お父さん、帰ろう」
「朝陽がそれでいいなら」
 名賀があっさりと頷く。
「樋山、ごちそうさま」


 名賀と朝陽が帰り、3人とももう風呂に入ったのかと思いきや、湯船は空だった。
 首を傾げながらリビングに戻ると、小学校の制服に身を包んだ3人がいた。
 茜の手にはバイオリン、葵の手にはヴィオラ。薫はアップライトのピアノの椅子へ腰掛け、恭介をじっと見つめている。
 3人がひどく真剣な顔をしているので戸惑っていると、彼が自身の腰かけているソファの隣を手で叩いた。
 恭介が座ったのを確認すると、茜が小さく息を吐いた。
「薫はまだだけど。葵もまだだけど。私は今日、風花学園小学校を卒業しました。明日はみんないないから。今日しかないから――。恭ちゃん、お父さん。育ててくれて、ありがとうございます。これからも、頑張ります」
 一拍の後、薫が鍵盤を撫でる。茜の音が溢れる。葵の音が支える。
 忘れるはずがないと思っていたメロディを忘れていたことに、恭介は愕然とした。



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