図書室の主 | ナノ

Last concert

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 しばらく薫を試すように眺めていた葵は気まずそうにふいとそっぽを向いたが、恭介は呆然としていた。
「あれ? どうしたの樋山」
 名賀が軽く恭介の頬を突いてきたので、恭介はなんとか首を動かした。
「別に。ご飯にするよ。――真司、手伝って」
「ああ」
 彼の返事は上の空で、なんとなく不安になる。
 葵が中学生になる。
 彼と恭介が出会った歳になる。
 これはくだらない感傷だ。
 大丈夫。
 ……大丈夫。
 すべてがあるべき場所へ帰っていくだけ。


「じゃ、乾杯の音頭は真司で」
 普段は恭介が絶対に飲ませない炭酸飲料のグラスを撫でて、茜が嬉しそうに笑った。
 恭介に呼ばれた彼は困ったように首を傾げ、立ちあがる。
「まず、朝陽ちゃん、卒業と大学合格おめでとう」
「ありがとう、おじさま」
「茜と葵、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「薫はより一層、学業に励むように」
「はい」
「じゃあ――乾杯」
 唱和し、小気味のいい音が鳴る。
 名賀と彼と恭介のいた空間に朝陽が加わり、すみれが加わり、茜と葵、薫。
 不思議な気分だった。
 葵と朝陽はなにやらこそこそと話しており、薫は名賀の話を黙って聞いている。
 茜は彼と一緒に、今日のことを恭介に話してくれた。
 とても穏やかな時間が過ぎていく。
 明日はこの家に誰もいないのだ。
 彼らはそれぞれの親族と、恭介は梓紗と外食。
 せめて今日は、楽しみたい。



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