図書室の主 | ナノ

Last concert

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 娘に心配を掛けさせるなと名賀が殺気の籠った視線を鏡越しに寄越すので心の中で謝る。
 それでも強張った体はなかなか戻らない。――いつもは、葵たちをつれてこようと思うはずなのに。
「あれ、葵くんと薫くんだ」
 窓の外をじっと見ていた朝陽はのほほんとした声に嫌悪を滲ませている。
「本当だ。一緒に乗せよう」
 朝陽が嫌がっているのを知っているくせに、名賀は葵の横に並ぶと窓を開けて葵を呼んだ。
「葵、薫。乗せていくよ」
「暁おじさま」
 葵は僅かに驚き、薫は兄の後ろにじっと控えている。朝陽はそっぽを向き、恭介はそっと溜め息を吐いた。そのとき、葵が恭介に気づいた。
「なんで恭介、朝陽なんかの隣にいるの!」
「いや、3人で昼ご飯を……」
 名賀が後方の窓も開けてくれたので言い訳をしていると、葵は瞳を吊り上げ名賀に駆け寄る。
「暁おじさま、俺と薫も乗せてください」
「どうぞ。ほら朝陽、助手席に来なさい」
「嫌」
 そんな朝陽を無視して葵が後部座席に乗り込み、恭介は右は葵、左は朝陽に挟まれて窮屈に座った。薫はどうしたのかと探す前に、すでに助手席にいた。
「葵、騒ぐなよ」
 薫が面倒臭そうに言い、名賀が吹き出して車は発進した。
 沈黙が痛い。
 ふたりに抱き締められたままの腕も痛い。
「ねえおじさま、おじさまの作ったゼリーが食べたいな」
 甘えるように言う朝陽に、思わず笑みが零れる。幼い頃から、シンプルなものが好きな子だった。
「いいよ。朝陽ちゃん、2、3時間待てるならこのままスーパーに――」
 ぐいっと右腕を引っ張られて言葉が途切れた。
「恭介、俺、ガトーショコラがいい」
「えーっと。葵くん、昨日の残りのことですよね」
「違うッ。俺は、新しいのが食べたいのッ」
「では、杏仁豆腐はどうでしょう」
「……それでいい」
 要するに朝陽と違うものが食べたいのだろうと、簡単に作れる代替案を出すと葵はゆっくりと頷いた。



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