図書室の主 | ナノ

Last concert

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 ふうっと大きく息を吐き、恭介はそっと名賀へ手を伸ばす。
「そういえば、いらっしゃい」
「久し振り、樋山」
 どうすればいいかわからず、先程しそびれた歓迎をすると、名賀はにこりと微笑んだ。
「とりあえず、解放してください」
「え、いいの?」
「そのままだと話せないからね」
 ぱっと手を離し、名賀が母と距離を取る。
 母はじっと恭介を睨んでいた。
「私に恥をかかせないで」
「あのですね、お母さん。梓紗ちゃんが本気で俺を相手にすると思いますか」
 我ながら情けない台詞だが、本心だ。
 母が傷ついたように目を伏せた。――少し、自分に似ていると思った。
「二度と、私に関わらないで」
「ええ、そのつもりです」
「面倒なこと、しないで」
「……はい」
 大切に育てた娘をこんな男と結婚させたくないと梓紗の親が思うのは仕方がないと思う。
 だからといって、いい年した大人なのだ。その親まで引っ張り出してくる梓紗の親に呆れる。
 母は最後に名賀を睨みつけ、出ていった。
 名賀が素早く鍵を掛ける。
「きみが今日はひとりって聞いてたから、来たんだけど。帰った方がいい?」
「いや。見苦しいものを見せてごめんね」
「別に。俺だけだったし」
「聞いてたって、茜ちゃんから?」
「そう。朝陽にメールが入ってさ」
 もしかして、朝、そわそわしていたのはその企みのせいかもしれない。
 名賀の娘と茜は小さい頃から仲が良かった。それに対し、葵と薫はなぜかお互い嫌っている。
「着替えてきてよ。外に食べに行こう」
「え、でも葵くんたちが」
「それまでには送るよ」
 躊躇は一瞬だった。
「わかった。待ってて」
 母とのやり取りに現実感がなく、名賀の誘いで心が浮足立っている自分に苦笑した。



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