図書室の主 | ナノ

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 いつも彼に絞められているせいか、物理的には苦しくない。
 女性の力だ。簡単に振りほどけるはずなのに、うまく体が動かない。
 梓紗の兄、岸本瑞樹とは幼馴染であり、恭介の家とは幼稚園に入ったときから家族ぐるみの付き合いがあった。
 高校を卒業し、恭介がホストのバイトを始めるまでは親同士も親しかったと思う。
 態度はバイトで一変した。両親は「水商売なんて」と眉を顰めた。疎まれ始めたのもその頃だったように感じる。
 そして、幼馴染たちの両親はあからさまに恭介を馬鹿にするようになった。
 幼馴染たちは何も言わずに傍にいてくれたが、元々素直な人間たちだ。家でどんな会話がなされているか想像はつく。逆に、恭介も自分以外の人間がホストになったら嫌悪しただろう。
 それでも、幼馴染の両親には会わなくて済むからよかった。
 自分の両親とは、嫌でも顔を合わせる。
 同い年の従妹のすみれが彼と結婚すると「まともな職に就け」「結婚しろ」と口うるさくなった。もし、両親が「自分の人生ではないから」とどっしりと構えていられれば自分はここまで人生を踏み外すことはなかったかもしれないと恭介は思う。
 別に、今のこの状態は誰のせいでもなく自分のせいだとわかってはいるけれど。
 抵抗しない様子に腹を立てたらしい母親がいきなり恭介の腹を殴った。
「気は済みましたか、お母さん」
 よせばいいとわかっているのに、憎まれ口を叩くと鞄から包丁が出てきたのでさすがにぎょっとして取り上げる。
「お母さん、上がってください。お茶を飲みましょう」
「あなたなんか……ッ」
 唾を吐きかけられ、呆然としていると扉が開き、静かになった。
「外まで聞こえていますよ、おばさま」
 入るなり、後ろから母を抱くように左手で口を塞いだ男は苦々しそうにそう言った。
「きみもきみだよ。何をぼーっとしているんだい? 警察に通報したっていいと思うけど。それ、指紋が残ってるだろう?」
 恭介の手の中の包丁を顎でしゃくり、男は言うが、恭介は首を横に振る。暴れている母が、哀れに思えた。
「そこまでする気はないよ、名賀」
 呼びかけると、久々に会った元クラスメイトは呆れたように溜め息を吐いた。
「いや、わかってたけどさ。樋山がそう言うことぐらいはね。でも、どうするの。このままだときみだけじゃなく他の住人の命まで脅かすと思うよ」
 そうだ。彼と、その子どもたちに何かあったら大変だ。



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