図書室の主 | ナノ

Last concert

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 けれど、今の茜たちを見ていたらわかる。
 すみれは短い間ではあったけれど、きちんと大切なことを彼女たちに残したのだ。
「最近、恭介は俺に冷たい」
 どんよりと恨めしい葵の声に、薫は恭介を見上げてにやりと笑った。

*****

 卒業式の練習登校である葵と薫を先に送り出し、茜は姿見の前でそわそわと髪を梳かしている。
 彼はといえば既にスーツでのんびりと緑茶を啜っていて、恭介もいつも通りの朝を迎えていた。
「じゃあ、もう行ってきます」
「ええ。いつもと同じくらいかわいいですよ、茜ちゃん」
「ありがとう、恭ちゃん」
「行ってくる」
「行ってらっしゃい。泣いてきてもいいよ」
「……うるさい」
 照れたように眉間に皺を寄せ、彼が出ていった。その後を茜が追う。
 扉が閉まると急に寂しくなった。
「葵くん、薫くん、早く帰ってこないかなあー……」
 自分らしからぬことを呟き、恭介は笑う。
 明日はふたりの卒業祝いで、両家の祖父母たちと3姉弟、彼が会食をするため夜遅くまで帰ってこない。
 恭介自身も梓紗と夕食を外で取る予定だ。
 掃除、洗濯をしてそろそろ昼食を取ろうかというとき、インターホンが鳴った。
 ――恭介の母親が映っている。
 思わずすみれの写真を振り返ったが当然、返事はない。
 どうしよう。
「恭介ッ! いるんでしょう、開けなさいッ!」
 扉の向こうの金切り声がリビングまで聞こえる。近所迷惑と思い、慌てて扉を開けると狂気じみた瞳の母親に首を絞められた。
「岸本さんに言われた」「梓紗ちゃんとお付き合いしてるって」「私に恥をかかせないで」「水商売で無職の息子なんて」「私が悪かったって言いたいんでしょうッ!?」「生きてる価値はない」
 ぶつぶつと、ときに悲鳴のように、母のひとりごとは途切れない。



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