図書室の主 | ナノ

Last concert

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「ただいまー!」
「……ただいま」
 玄関から葵と薫の帰宅を告げる声がする。
「はい、お帰りなさい」
 ボウルを抱えながら廊下に出ると、薫が無表情の中で瞳を輝かせる。
「あ、チーズケーキ?」
 葵も気がついたようで、声が弾んでいる。
「ええ、そうです。この前、真司に頼んだんですけどうやむやになってしまって」
「俺、恭介の作るチーズケーキの方が好き」
「ええッ!? これに関してはお父さんの方が好き!」
 ぼそりと言う薫を信じられないという目で見る葵。今、ここに彼がいたら喜んだだろうなあと恭介は苦笑する。
「真司に習ったけど、こればっかりは同じ味にならないんですよね」
「愛情過多なんじゃないのか」
 からかうように薫が言い、恭介は「さあ、どうでしょう」ととぼけた。
「じゃあ、着替えてきてください。シフォンは先に焼き上がってますから」
「あ、確かにバナナの匂いがする」
「プレーンもある?」
 なかったら承知しないという気迫さえ感じさせる薫の頭を撫でて頷くと、葵が不満そうに瞳を細めたのでそちらも撫でると満足したように笑い、階段を駆け上がっていった。
「恭介」
 薫は兄の背を追わなかった。代わりに恭介を呼んだ。
「はい」
「俺が葵と違う校舎に通うのは2度目だ」
「そうですね。幼稚園のときに、年中と年長は薫くんと葵くん、別れてしまいましたね」
「俺、ちょっとだけ寂しい」
 恭介は驚かなかった。にこりと微笑み、ボウルを靴箱の上に置いて薫を抱き締めた。
 薫が兄のことを慕っているのはわかっていたし、葵も口には出さないがこの弟を残して卒業することを心残りに思っていることも感じていた。
「大丈夫ですよ。葵くんのことですから、きっと事あるごとに小学校校舎に遊びに行きますよ。幼稚園を卒園したときもそうでした」
 昼休みに葵が消えたと学校から電話があった。どこで見つかったと思う? ――苦笑しながら彼は恭介に話した。愛情深いが不器用な父の代わりに、母を知らない弟を無意識のうちに護ろうとしていた茜と葵の姿を恭介は実はあまり憶えていない。



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