図書室の主 | ナノ

Lord's prayer

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 茜が、とんとんと葵の肩を叩く。
 葵は死にそうな目で、ゆっくりと頷いた。

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 小学生だと思っていたのに、いつの間にか歳を取って、あの小さかった梓紗ちゃんと結婚して、なんと子どもまでいるらしい。
 瑞貴。
 梓紗の兄である、恭介の幼馴染と、同じ響き。
 梓紗ちゃん、ブラコンだねえと言うと、梓紗は曖昧に笑った。
 仕事は梓紗がしているらしい。
 恭介は息子と一緒に遊び、家事をする。いわゆる専業主夫ってやつだ。
 どんな経緯で大人になったかは知らない。
「恭介は今の生活にゆっくり慣れていけばいいよ」
 哀しそうな顔をする梓紗に、申し訳がない。
 ふたりで過ごした時間も、プロポーズの言葉も、恭介は憶えていないのだ。


 料理はできた。スーパーまでの道順も憶えた。
 体が憶えているというのは嘘だと思っていたけれど、分野によるらしい。
 時折、恭介の中高時代の親友だったという男やその子どもが遊びに来る。
 なんと、従妹のすみれの夫であるという。
「すみれちゃんは?」
 訊ねると、彼は「亡くなったよ」と淡々と答えた。
 恭介に残された記憶の中で、かわいく笑う彼女がもういないのかと知ったとき、恭介はしばらく食事ができなかった。
 すみれちゃん。
 俺、決めたことがあるんだ。


「ねえ、緒方」
 呼び捨てにしていいと言われたから、緒方と呼べと言われたから、恭介は彼をそう呼ぶ。
 ふたりきりでいるとき、彼は恭介を穴の空くほど見つめる。



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