Lord's prayer
「だけど、俺に他の人を愛することを強要するのはやめてくれ」
怖いくらい恭介へ柔らかく微笑む彼に、恭介は謝ることもできなかった。
インターホンが鳴る。
「あ、俺が行くよ」
気まずさを振り切るように、恭介は誰かを確かめもせずに玄関の扉を開けてしまった。
髪を掴まれた。
何かが腹に刺さった。
呆然と顔を上げると、ニィと嗤った母がいた。
「……え」
引き抜かれたとき、自分の声と、もうひとり、誰かの声が重なった。
「恭介? ね、恭介どうし――」
「なんであなたがここにいるのッ!?」
葵くん、中に入って、逃げて。
掠れた声は葵と恭介を勘違いしたのであろう、錯乱した母の声にかき消される。
母が葵を引き摺りだすのを止めたいのに、体が動かない。
「おい、恭介?」
訝しく思ったらしい彼が来た。
もう、大丈夫だ。
体から力が抜けようとしたそのとき、母が葵の腕を掴み、道路へ突き飛ばした。
なんで、トラックが来てる。
このクラクションの音は。
「葵くんッ!」
梓紗のこととか、瑞貴のこととか、思い浮かぶはずなのに――。
樋山恭介はこの世から姿を消した。
*****
見てないはずの、すみれの最期にあいつの姿が被る。
あいつが葵を玄関へ引き戻す。
確かに一瞬、目が合った。
葵の体を抱き抱える。
あいつの体が飛ぶ。
葵は道路に背を向けて震えており、何が起こったかわかってないようだった。
トラックの運転手が、何か叫んでいる。