本編
「え……。秋一が座るスペースぐらいはあったと思うけど」
「そうじゃない。エロ本があったら隠してこいと言ってるんだ」
真面目な顔で言われリアクションに困っているこちらをどう思ったのか秋一は真面目に続ける。
「岸本も健全な青年だからそういうものの一冊や二冊持っていたところでどうも思わないが僕に見られると気まずいだろう。だから」
早く行ってこいと消え入るような声で言われたときやっと彼が耳まで真っ赤なことに気づく。
「そんなものないから安心していいよ」
言っても疑いの目で見られていたたまれない。
さてどうしようかと考えていると秋一が踵を返す。
「ど、どうしたの」
「手料理と言ったらカニ玉だな」
それって秋一が食べたいだけじゃんと思ったが友人のよしみで黙っておく。
「安心しろ、レシピも袋に入れている」
言われて袋を探ると確かに入っていたが。
「俺に作れってことだよね」
「当たり前だ。客人に料理させようなどと言語道断」
「なんか腹立つなあ……」
「この家が火事になってもいいなら僕が作っても構わないが」
「遠慮しとくよ。カニ玉ね、はいはい……」
キッチンから出ていった秋一のことは頭から追い出す。
袋にはレシピに書いてある材料以外にもいろいろ入っていた。
これも全部使えということだろうか。
卵を机に載せたとき口端があがりそうになるのを必死で留める。
久しぶりに会えてうれしいとか、久しぶりにひとりじゃない食事でわくわくする、とか。
あいつには絶対に言わない。
いつもより作る分量が多かった割にはあまり時間もかからなかった。
ふたりでとる少し早めの夕ご飯。秋一が咀嚼するのをまじまじと見てしまった。
「悪くない」
「そりゃどうも」
勝手に訪問してきて料理を押しつけたくせになんたる言い草だと思うがこんなことで腹を立てていては秋一の友人なんてやってられない。
クラスメイトとして共に過ごした四年の間に秋一と遊んだことなんてなかった。
ふたりで料理をつつくなんてことは尚更。弁当すら一緒に食べたことはないんだと思いだしたとき少し目の奥が痛くなった。