図書室の主 | ナノ

王子は現在夢の中

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 苛立ちを含んだ暁の怒声に悠太は膝を抱えて投げやりに笑う。
 怒鳴らなくても聞こえているよ、暁。
 きみの声だ。
 きみと過ごしたこの空間に、きみの声はよく馴染む。
 明らかに風呂上がりの樋山が玄関に出た。単純な俺たちは擦れ違ってばかり。でも、どこでボタンを掛け違えたか、なんてわかっている。
 こんな展開を予想していなかったわけではないけれど、お約束通りすぎてもうこの先を見たくない。
「どうかしましたか、名賀さん」
 悠太の声に振り返った樋山は哀しそうに目を伏せていて、対照的に樋山越しに見えた彼はほっとしたような表情。悠太は自身の心臓の音を聞く。
 靴を脱いで上がり込んだ彼は柔らかく微笑んだ。
 鍵を閉める音がやけに大きく聞こえる。
「緒方に伝えていただけませんか。私と草場さんの関係は修復することが二度とないと」
 ずきりと、体のどこかが痛む。
「ご自分でなさればいいでしょう」
「それが、私が言っても聞かないのです。あなたが言ったら頑固な緒方も聞くでしょう」
「そこに樋山がいますけど」
「これは私たちふたりの問題ですから、あなたに伝えていただきたいのです」
 悠太と暁の間に樋山が立ち尽くし、なんとなく申し訳ないと思う。
「私の中では終わったことです。今も樋山と一緒にいたのですから」
 嘘は言ってない。
 暁がどう取るかは別として、だ。
 暁は苛立ちを隠そうともせずに悠太を睨む。
「そんなに俺と関わりたくないの、悠太」
「当たり前でしょう。虫が良すぎるよ。今まで散々、俺を傷つけてきたくせに」
「緒方の仕組んだ茶番に乗ってまで、俺と縁を切りたい?」
「もともと繋がってなかったからね」
「じゃあ、もうそれでいいから。緒方にそう伝えてよ」
「……それでいいから、って何」
 今日の会話で頭に来てないのに。この一言で、悠太の中の何かが切れた。
「ねえ、暁、どうしたいの。俺を遠ざけたよね? 傷つけたよね? なのにそれでいいからって、人としてどうなのッ!?」
「説教は聞きたくないよ」



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