図書室の主 | ナノ

王子は現在夢の中

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「……お風呂、溜めるかな」
 言われた通りにする必要はないとわかっていて、なんで樋山が悠太の家を知っているかなんて愚問で、そしてきっと緒方のお節介で――。
 悠太と暁の気持ちは置いてけぼりにされて、周りだけが騒いでいるような苛立ち。
 インターホンが鳴り、溜め息を吐いて開けた扉。
「久し振り、草場」
 元同級生は天使のような美貌を軽そうに歪めて笑っていた。
「じゃ、お風呂借りるね。――いい?」
「勝手にどうぞ」
 風呂蓋の開く音と水を流す音、妙に楽しそうな鼻歌。
「くさばー!」と呼ぶ声がしたので扉を開けると、「上半身だけシャツ貸して」と言う。
「……きみ、緒方と喧嘩でもしたの?」
「まさか。ラブラブだよ」
 うっとりと目を細めた樋山の周りにきらりと星が散った気がした。
「ねえ、洗って返すから」
「樋山に合うサイズはないけど」
「うッ。それは俺が小さいと言いたいのかな」
「被害妄想だよ、樋山」
 腰タオルの彼に背を向けて、籠をごそごそと漁ると比較的小さめのシャツが出てきた。
「はい」
「ありがとう」
 悠太が風呂場へ戻ったときには上下の肌着にジーンズを身につけていて、目のやり場に困ることはない。
 ――インターホンが鳴った。
「俺が行くよ」
 髪にタオルを当てていた樋山がするりと悠太の脇をすり抜ける。
「ああ、名賀。久し振り。朝陽ちゃん、元気?」
 悠太が止める間もなく樋山が鍵を開けたら、心の中で別れを告げた彼がいたらしい。
「樋山」
 微かに驚いた暁の声がして悠太は部屋の奥へ逃げ込んだ。それでも悠太の耳は彼の声を追う。
「悠太に話があって来たんだ。通してほしい」
「今、草場と名賀は会わせたくないな。草場、眠っちゃってるんだよ」
 穏やかで満たされた者の声は悠太の心を深く抉った。
「草場さん、お願いがあるのですがッ!」



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