図書室の主 | ナノ

硝子の棺は部屋の中

しおり一覧

「まだ暁のことが好きならやっちまえ。嫌いならやめとけ。緒方はそう言った」
「ふうん」
「きみには、俺が殺す価値すらないんだ」
 暁を傷つけたくて仕方がないと叫ぶ瞳が愛おしくて仕方がない。
 今日だけ。
 今だけでいいから、さ。
「ならさあ、悠太」
「……なあに」
「今夜、俺と泊まらない?」
 絶句している悠太に再び唇を重ねる。
 俺にも、夢を見せて。

*****

「しばらくこの家とお別れかあ」
 両親の位牌を入れた手提げを抱き締め、真朝は笑う。
「朝陽、ばいばい――」
 真っ直ぐに前を見据え、駅へ歩いていく姉の背を暁は見ることができなかった。
 産まれたときよりだいぶん人間らしくなった朝陽はベビーカーの中から大人しく真朝を見送っている。
「……行くか」
 ベビーカーを押そうとしたとき、近くの車からクラクションが鳴らされた。
 驚いてそちらを見ると、誰かが運転席から手を振っている。それが誰かに気がついて、暁は剣呑に目を眇める。
 車はゆっくりと暁の方へ近づいてきた。
「緒方から頼まれた。送るよ」
 先日は気づかなかったが、半年前よりか幾分やつれている。アルバムの中でずっと会っていたから久しぶり、なんて言わない。
「ありがとう、悠太。紹介するよ。俺の子、朝陽だ。女の子」
 見開かれた彼の瞳を見て、笑っていられる自身を褒めてやりたい。
 朝陽を腕に抱き後部座席に乗り込む。新しいベビーカーは畳んでトランクに押し込んだ。
 無言のまま、車は暁の実家を離れ現在の家に近づいていく。
「朝陽ちゃん、かわいいね」
 バックミラー越しに注がれる視線。そして声は柔らかい。



*前次#
backMainTop
しおりを挟む
[20/22]

- ナノ -