図書室の主 | ナノ

硝子の棺は部屋の中

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 それはこの男にしては珍しい言葉だ。
「法事が終わるまでこっちにいるんだろう?」
「そう。終わったら、向こうに戻るよ」
「暁、ここに留まればいいんじゃないか? 悠太とは休みの時に折を見て会えばいいだろう」
 新居を訪れ、悠太と別れたことも知っている緒方は暁にとってとても魅力的な提案をする。最後の台詞は真朝を誤魔化すための台詞だが、留まる、という提案は3人それぞれのために頷くことができない。
「これは俺の責任だから。俺が育てるよ。真朝の手を借りるわけにはいかない」
 ふうん、と曖昧な息を吐いた緒方は「名賀、お前眠そうだ。あっち行け」と真朝に言う。言われた真朝も実際眠かったのだろう、軽く肩を竦めると自室に戻ってしまった。
 幼馴染同士、今更気を遣う相手ではない。
「暁。なんで悠太と別れた? 樋山の言葉じゃないが、友人の手は多いほうがいいだろう」
「悠太の手を煩わせたくない。それに、悠太も俺もゲイじゃないんだ。いつか、結婚したくなるときが来る」
「うん」
「それに、俺は朝陽をまともな子に育てたい。ゲイカップルに育てられたら、朝陽の教育に悪影響を及ぼす」
「うん」
「俺は、ひとりで朝陽を育てるよ」
「で、お前の本音はどれなんだ?」
 頬杖を突いた緒方が明るい茶色の瞳だけを動かし、鋭く暁を睨む。
 樋山と系統は異なるものの相変わらず綺麗な顔をしていて、暁は息を呑む。
「……どういう意味」
「言い訳ばかりしやがって。名賀暁はどうしたいのかって訊いてんだよ」
 ベビーベッドに歩み寄り、その枠に凭れた緒方はもう暁を見てはいない。
「俺は」
 真朝と西原に結婚してもらいたい。そして朝陽を大切に育ててほしい。
 しかし、それが叶わないのなら、暁自身が朝陽を愛しみ育てたい。
 黙り込んだ暁へ溜め息を吐いた緒方は帰ることにしたらしい。
「お前たちがそうなら、俺も腹を括る」
 動けずにいる暁へ吐き捨て、扉の閉まる音がする。
「どれが正解かなんて、わかるわけないでしょう……」
 呟いた言葉はどこか白々しかった。




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