硝子の棺は部屋の中
しかし現実は。
商品を渡して釣銭を受け取るだけの関係。
自分がいつ父親になったかも知らず、この男は働き続けているのだ。
この男と暁の人生が交わることはない。
そう思うと、この男が哀れに思えた。誰かを憐れんで、自身の現実から目を逸らしたかった。
約束の時間より少し早めに不動産屋に連れられ入った新居候補はいまいちしっくりと来ない。
気に入らないことだらけだ。
家に戻ると悠太が出迎えてくれる。
この幸せも、もうじき手放さなくてはならない。
「おかえり」
「……ただいま」
朝陽、早く産まれておいで。
そうしないとパパは、諦めがつかないから。
*****
11月。
臨月の近い真朝をひとりで置いておくわけにはいかないと暁は実家に帰ることを決めた。
真朝は「2ヶ月も離れていて大丈夫なの?」と言ってころころと笑い、それに対して暁は曖昧に頷いた。
悠太との別れを決めてから、暁は悔いのないように時を過ごしてきたつもりだ。
両親を失った寂しさを埋めるためだけに共に過ごした悠太、しかし誰も信じてくれなくていい、気がつけば本気で愛していた。
新居も決めた。子どもは目の届く範囲で育てたいから、狭くて清潔なところ。保育園も大学も近い。必要な物も揃えて実家に置いている。
「ただいま」
今日は、悠太の家で過ごす最後の日だ。
「おかえりー。早かったね」
「ん」
「今日、コロッケなんだ。嬉しい?」
「嬉しい」
飛びつきたくても飛びつけないといつかぼやいた悠太のために、暁は縋りつくように悠太を抱き締める。
そのまま口づけて、行為に持っていってしまいたい。