硝子の棺は部屋の中
「それ、嫌味?」
「うん。朝陽。パパに似たら駄目だぞーう」
パパ。そうだ、この子の父親になるのは、暁なのだ。
「それって差別だよ」
「でも、親としての願いなの。中絶せずに産むんだから、ちゃんと命を繋いでほしい」
余程傷ついた顔をしていたのだろう、真朝はくすくすと笑い、暁を招き寄せその頭を抱き締めた。
「本当はね、そんなことどうでもいいの」
暁の耳元に口を寄せて、姉は囁く。
「――本人の生きたいように、生きてほしいな」
それは、亡き両親が事あるごとにふたりに告げていたことだった。
愛されて育ったのだ、と思う。
なのに自分たちはどうだ。新しい命に、両親を授けてやることができない。
それ以前に、愛情を持って育てることができるだろうか。
「暁は、この子を周りにどう説明するの」
そうだ。産まれたらすぐに、両親の一周忌の準備に取り掛からなくてはならない。そこには親戚も来る。
「いろんな女と関係を持って、気がついたら父親になっていました。『あなたの子よ、責任取って』と言われたので、責任を取ることにしました」
前もって考えていた台詞をおどけて言うと、真朝は困ったように笑った。
「それより心配なのは真朝の方だよ。11、12しか休学しないんだね」
「だって、留年したくないもの」
怪しまれる種は作りたくない。姉はきっぱりと言い切った。
「悠太くんと暁の子かあ……。いろんな女と不純異性交遊する人間の本命が男」
「言うなよ。でも、子どもがいたら結婚しろって言われることもなくなる」
「そうねえ」
「真朝は、いい人がいたらちゃんと結婚するんだよ」
「気が向いたらね。――私、ひどい母親ね」
真朝の笑顔が陰る。
「俺はこれからいい父親になる」
「ええ、ぜひそうしてちょうだい」
未来を見据えているようで、逸らし続けている自分たちの姿を、暁は正しく理解している。
大人になることの意味を、間違えたと悔やんでもこれから償っていくしかない。
「朝陽。パパだよ」