図書室の主 | ナノ

硝子の棺は部屋の中

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 恋人、という言葉が突き刺さる。これから悠太を利用するのだ。
 部屋に着くなり、キスを交わした。想いをぶつけるように抱いた。幸福感と虚無感が、心を貫いた。
 俺はいったい、何をしているんだろう。
 悠太が眠ったのを確認して、暁はベランダで真朝へ電話を掛けた。
「真朝。俺、悠太のところにいる。必ずそっちに戻るから、今は」
 時間をくれ、とは言えなかった。なのに姉は「うん」と言った。「ごめんね」と呟いた。
 真朝を謝らせたいわけではないのに。暁はやはり何も言えなかった。
 寝室に戻り、悠太の寝顔に口づける。
 どうせなら、徹底的に我儘になろうと思う。中途半端な偽善者だからこんなことになるのだ自己愛が強いきみの傍にいるまでもなく、俺自身の自己愛に気づかされた。
 悠太を通して見つめた暁自身は醜かったけれども、それすら愛おしく思う自分は本当に救いようがない。

*****

 真朝から、甥か姪の存在を知らされてひと月が経ち、6月。
「名前、決めてるの?」
 週末は実家に帰ることにした暁を、悠太も真朝も受け入れた。
 暁の問いかけに対し真朝は躊躇いがちに首を振る。
「あくまでも候補、なんだけどさ」
 手帳を広げ、記した名前に真朝が軽く目を瞠る。
「俺の子であっても、真朝の子であっても自然な名前にしたいんだ」
「――夜に産まれたらどうするの」
「そのときはそのときだよ」
 あさひ、と真朝が嬉しそうに呟く。
「産まれたそのときにならないとわからないけど」
 まだ命の影を見せない腹部を愛おしげに撫で、真朝はふわりと笑う。
「誰か見も知らない人に託すくらいなら、暁に託したい」
 暁が言いだしたことであり、覚悟も持っていたはずだった。
 けれど真朝がそれを決めたということは、暁は悠太との恋を諦めるということで、そして真朝も悠太もそのことを知らないのだ。
「……うん」
「できればでいいから、異性間で愛する子に育ててほしいな」



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