硝子の棺は部屋の中
顔を洗い、ダイニングへ戻ると皿に載せられていたゼリーがテーブルの上で揺れていた。
「これ、食っていけ。ついでに持って帰れ。余ってるんだ」
「ふーん。手作り?」
「そう」
誰のかは訊かなかった。緒方の気まずそうな嬉しそうな顔を見たら、訊くだけ野暮だ。
「で、樋山は元気?」
先に食べていた緒方が噎せた。野暮だが、訊かずにはいられない。高校時代からふたりが男同士で愛し合っていたのは暗黙の了解だ。
暁の同性愛への抵抗感が少ない原因のひとつは間違いなくこの幼馴染だ。
じっとりと暁を睨みつつ緒方が頷くのをにやにやして見ながら、暁はどこかで吹っ切れたのを感じた。
考え込んでもどうにでもならないときがあるのだ。
緒方の家のチャイムが鳴り、彼が席を立つ。
何気なく玄関を見た暁は今度は自分が噎せる番だった。
「人肌恋しいんじゃないかと思ってな」
緒方の愉しそうな声。
一方的に離れてから2週間余り、悠太が優しい笑みを浮かべて立っていた。
*****
帰りの車は暁が運転をした。帰る先はもちろん、悠太の家だ。
大の男が3人で無言のままゼリーを食べるという傍から見たら怖い光景から抜けだし、やはり無言の車中。
穏やかな悠太の横顔を眺めつつ、自身の自己中心的さに呆れて暁は溜め息を吐く。
悠太。
真朝。
――朝陽。
これが最後だから。
もう、恋なんてしないから。
きみが産まれるまでの時間、悠太を愛させてほしい、なんて。
言えるわけがない。
悠太の人格を無視するにも程がある。
「悠太、やっぱり悠太のところに戻っても良いかな」
「もちろんだよ。恋人だもん」