硝子の棺は部屋の中
「真朝。産みたい?」
単刀直入な言葉に真朝は迷うことなく頷いた。
「じゃあ、結婚するの?」
今度は横に。
どこかで予想していた答えになぜか安堵し、しかしあまりにも世間知らずであることもわかっていて暁は途方に暮れる。
「相手は誰」
「言いたくない」
「俺に言えないような相手なら、産まないで」
自分の口から出たひどい言葉の冷たさに、暁はきつく目を瞑った。
暁だって悠太との関係は隠していた。
しかし暁の場合、真朝が見抜き、後押しをしてくれなければ数ある片思いのうちのひとつで済んだはずだと思っている。
『暁は幸せを掴みなさい。一生なんて、あっという間なんだからね』
なんであのとき、真朝の傍を離れた。
子どもの誕生、本来なら祝福されるべき出来事であるとわかっている。
姉が新しい命を育むことを考えなかったわけではない。その想像の中では両親も生きていて、真朝は祝福されて嬉しそうに笑っていた。
なのに現実ではこんなに忌むべきことのように話さなくてはならないなんて。
「ねえ真朝、相手は?」
「言いたくない。彼は、私が妊娠したことを知らないの」
真朝に恋人がいたことすら知らなかった暁は心の中で歯噛みする。
「じゃあ、ひとりで産んで育てるってこと? 遺産は共有財産だって言ったよね? 俺、こんなことに使うなら反対だよ?」
「それでも、産む」
意志を宿した強い光を放つ瞳。こうなると誰が何を言っても無駄だ。
「……大学は」
「休学する」
真朝も考え抜いた後だったのだろう。間髪置かずに紡がれる答えたちに抗わなくてはならない。真朝を睨むと、睨み返された。
「真朝、考え直して。俺は、産むのは反対」
「好き放題してきた暁に言われる憶えはないよ」
「真朝!」
好き放題してきたと言われると確かにその通りで、しかしこの件に関しては暁も譲れない。