図書室の主 | ナノ

硝子の棺は部屋の中

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 陳列棚を見ていると、悠太のことはどうでもなってくる。
 そうだ、悠太なんかどうでもいい。
 俺は家族が欲しい、最低の男だからね。
 ――そうじゃないだろうと誰かに否定して欲しくて、心の中で呟いた。

*****

 その日は悠太の誕生日だった。
 両親が亡くなってからというもの、ずっと支え続けてくれた悠太をこの日は目一杯甘やかそうと暁はだいぶ前から決めていた。
 初めてふたりで過ごす誕生日でもある。ひとり息子である悠太は高校時代、当然のように両親から祝われていたし、大学に入ってからもその日は実家に帰っていた。
 だから、悠太が自分のために時間を空けてくれたのだと思うと嬉しくて仕方がない。
 料理は前日から腕に縒りをかけて。夕食を食べた後は恥ずかしがる彼を抱き締めて、一緒に静かに時を過ごそう。
 自意識過剰なくせに臆病なきみと共に、きみの生まれた日を俺にも祝わせて。
 この恋は一時のまやかしかもしれない。それでも、今はこの幸せを噛みしめたい。
 だから、悠太と夕食を取っている最中の電話も無視しようとした。
 真朝限定の着メロだったけれど、そんなことはどうでもいい。
「暁、出なきゃ駄目だよ」
 くすくすと笑う悠太に促されて渋々通話ボタンを押すと、姉の冷静な声が聞こえた。
 世間話をするように用件を伝えられ、だから、暁は真朝が妊娠したことを認識するまでに数分の時間を要したのだ。
「真朝」
『ごめん』
「真朝、そっちに行く。待ってて」
 通話を切り、暁は呆然と卓上の料理を眺める。今日は愛しい悠太の誕生日だったのに。
 いつも支えてくれている感謝を伝えたかったのに。
 自身の片割れ。誰よりも大切な姉。
 恋人どころではなくなってしまった。
 椅子から立ち上がろうとすると眩暈がした。ただならぬ様子に悠太が心配そうに暁へ駆け寄る。
「真朝さんの所だね? 送っていく」
「ありがと……。帰り、いつになるかわからないけど迎えに来てくれないか。俺、たぶん――」



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