図書室の主 | ナノ

真っ赤な林檎は籠の中

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「なんでわかったの」
「なにがだ」
「……俺を止めたじゃん」
「知人が包丁を持って突っ立ってたら誰だって止める」
「いや、そうじゃなくて。なんであそこにいたの」
 その瞬間、緒方は嫌そうにそっぽを向いた。
 余程言いたくないらしく、唇は引き結ばれたままだ。
「やめとけ、草場」
 心底うんざりしたような、どうでもよさそうな声だった。
「真面目なお前のことだ。突っ走って後で赤面したって知らんぞ」
「殺人をしたあとに赤面くらいで済めばいいけど」
「とにかくやめとけ。割に合わない」
「そんなの、俺が決めることだ」
「そうだな。暁がいなくなってすっきりするだろうな、確かに」
 真顔で頷く彼はどちらの味方なのだろうとげんなりしつつ、悠太は窓の外を見た。
 悠太の家の近くまで来ている。
「緒方、きみ、暁から何を聞いてる」
「娘が生まれた。お前と別れた」
「それだけ?」
「それだけ。じゃあ、今度こそ俺は降りる」
 緒方が路肩に停めて降りたので悠太も助手席を出て緒方の前に立つ。
「なあ、草場」
 目の前に自分の包丁が突きつけられた。
「お前、まだあいつのことが好きならやっちまえよ。嫌いならやめとけ」
「……逆じゃない?」
「逆じゃない」
 言いたいことはなんとなくわかるが、釈然としない。そんな悠太の内心を見透かしたのか、彼が包丁を自身の喉元へ向けたのでぎょっとした。
「どうしても気が済まないというのなら、俺が今ここで果てようか。そうすれば思い留まるか?」
 暁が羨ましくなった。
 あんな最低な男なのに、幸せを手に掴んでいる。
「どうしてきみがそこまでするんだい」
「俺の幼馴染だからだ」
 眼光に鋭いものを秘めた緒方の瞳は綺麗だった。



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