真っ赤な林檎は籠の中
バイトや奨学金で買った自家用車。気に入っていたのに、もうお別れだ。
助手席には先程購入した包丁。
後部座席には昨夜、したためた遺書。
この事件はどう報道されるのだろう。
男同士の恋愛なんておもしろいきっかけをどうか見落とさないでくれ。
路肩に車を停めて、包丁は鞄の中へ。
冬の風は冷たく、悠太に生きている実感を与えた。
彼の実家からスーパーへの一本道の脇に悠太は佇み、暁を待つ。
3時間が経過し、暁がベビーカーを押してスーパーへ向かう様子が見えたので包丁を取り出し腰の位置に構える。
嬉しくて仕方がない。
俺はやっと自由になれるのだ。
お父さん、お母さん。ごめんなさい。
先立つ不孝をお許しください。
「やめとけ」
走ろうとしたとき、声がして背後から突き飛ばされた。
からんと音を立てて包丁がコンクリートに跳ね返されて転がる。
悠太はといえば顔面からコンクリートに突っ込み額と顎が鈍く痛む。
「ほら、寝てないで起きろ」
悠太が体を起こしたとき、包丁はもうなかった。
「鍵を出せ。お前の車、借りるぞ」
彼の幼馴染であり悠太の元クラスメイトでもある緒方が無表情で悠太へ手を差し出していた。
車中で、緒方は何も言わない。どこへ向かっているのかすらわからなかった。
状況が呑みこめなかった悠太も無言を貫いた。すべてが夢のような気がする。
「じゃあ、俺はここで降りるから。気をつけて帰れよ」
ぽんと緒方に肩を叩かれ、窓の外を見ると繁華街のど真ん中だった。
赤信号の間に、助手席から運転席へ移動しろということらしい。
「あの、緒方」
「どうした」
「できればどこか、脇に寄せて停めてくれない?」
なんだかんだ言って面倒見の良い元クラスメイトは眉間に皺を寄せると、シートベルトを締め直した。