真っ赤な林檎は籠の中
まったく、なんて身勝手な男だ。驚きすぎて、逆に心は落ち着いている。
彼が鍵をテーブルに置く音が聞こえた。
「さよなら。戸締りはちゃんとするんだよ」
彼が最後はどんな顔をしていたかわからないけれどきっと、笑っていた。
ひとり残された部屋はなぜかいつも通りに見えて、急激に眠気が襲ってきたのでベッドで眠った。
朝、起きたら戸締りをしていたので、彼の言葉に素直に従ったのだと思う。
そんな自分が可愛くて、笑えた。
じゃあね、暁。
俺もきみのことがとっくに嫌いになってたみたいだ。
さよなら。
*****
人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、彼に娘が生まれたと人づてに聞いた。
「あんな真面目そうな名賀がねえ」
「でも、まあ……しょうがないんじゃない?」
口さがない元クラスメイトたちがひそひそと言葉を交わすクラス会の会場は居心地が悪いことこの上ない。
名賀暁の幼馴染である男の耳にも入っているはずなのに、彼は無表情でグラスを傾けるのみ。
「ねえ、緒方。きみ、なんで庇わないんだい?」
緒方は少し驚いたようだった。普段は興味対象外には見向きもしないくせに、ちらりと一瞥を寄越してくる。
「珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」
ぼそりと無愛想に吐き捨て、緒方は澄んだ明るい茶色の瞳で悠太を絡め取る。
「正義感の強いお前のことだ。人に言うより、自分で庇うんじゃないのか?」
確かにそうだ。
緒方はそれ以上、口を開かず気まずい沈黙がふたりの間に流れる。もっとも気まずいのは悠太だけのようで、緒方はちびちびと烏龍茶を傾けている。
「別に、暁を庇えと言っているわけではない」
「わかっているよ、緒方」
苦笑し、緒方から烏龍茶を取りあげた。代わりのグラスに泡が立っているのを見てあからさまに彼は眉を顰める。
「せめてジンジャーエールにしてよ。俺と乾杯してくれる?」