真っ赤な林檎は籠の中
籠の中でつやつやと光る真っ赤な林檎。
食べたらきっと、おいしいに違いない。
だけど食べるわけにはいかない。
だってそれは毒林檎。
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もし毒林檎を食べざるを得ない状況ができたときについて草場悠太は考える。
ひとつ。どうしても死にたいとき。
ふたつ。飢え死にを待つか今死ぬかの選択を迫られたとき。
みっつ。食べないと他の誰かの人命が脅かされるとき。
それでは、まともに考察を始めよう。
ひとつめ。別に毒林檎を食べる必要はない。もっと方法はあるはずで、敢えて毒林檎なんて手の込んだことをしなくてもいい。
ふたつめ。これは結構、究極だと思う。助かるかもしれないという希望を持ちながら飢えるのはきっとつらいだろう。おいしそうな林檎が目の前にあるなら尚更だ。
みっつめ。馬鹿馬鹿しい。自分さえ良ければいいのだから、毒林檎を食べるのは拒否する。
草場悠太は自身をふたつめの状況にあると結論付けた。いつか彼が自分のことを好きになってくれるかもしれない、なんてうすら寒い望みを持ち続けるくらいなら今、決断した方がいい。
「どうしたの、悠太」
目の前の男が冷笑を浮かべて悠太を覗きこむ。さっきまでその腕に抱かれていた。
今の今まで、幸福だった。
「俺、子どもができた。別れよう」
その一言を聞くまでは。
「つまり俺、二股かけられてたってことだよね」
「そう。悠太は呑みこみが早くて助かるよ」
だるい体を叱咤し、風呂に入ってさっぱりした後のソファ。
彼の腕の中でとろとろとまどろんでいたのにすっかり目が覚めてしまった。
「俺、早く家族が欲しかったからさ。でも相手の子が引き取るのが嫌って言うから。ねえ悠太。祝福してくれるよね」
「……おめでとう」
押し殺した悠太の声に、高校時代からの恋人はふわりと幸せそうに笑った。
「ありがとう。じゃあね、悠太。今まで楽しかったよ。もう二度とここには来ないから安心して。来年の同窓会で会おうね」