図書室の主 | ナノ

頑張れ鈴原くん!

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 放課後の生徒会室は甘ったるい空気に包まれる。
 それは嗅覚ではなく、視覚と聴覚に訴えてくるので逃れようがなく、鈴原は今日も耐えながら生徒指導部へ提出する書類の訂正を行っていた。
「緒方、これの原案ある?」
「俺の机の上」
「あ、あった。ありがと。あと、ちょっと見てくれる? さっき言ったやつの修正を加えてるんだけど――」
 そんな鈴原の隣では、椅子に腰かけ書類と睨めっこしたままの委員長代表に生徒会長がその背後から覆いかぶさり、何かを書き加えている。
 普通に横から手を入れればいいでしょうとか、受け渡して後に回収すればいいでしょうとか、突っ込むだけ野暮だ。
 以前、疲れていたときに見たくもないいちゃつきを見せつけられた日は、鈴原は切れた。切れたが、「いったい何を怒ってるんだ?」と生徒会長が首を傾げたため怒り続けることができなくなった。どうやら本人たちにいちゃついている自覚はないらしい。
 委員長代表である樋山の天使のように愛らしい容姿と、生徒会長である緒方の人形のように整った容姿、更にはそれぞれの声に含まれる微妙な甘さであらぬことを想像しそうになり、鈴原は生徒会室の入口に置かれているマリア像へ、座ったまま必死に祈りを捧げていた。
 ――緒方に樋山が惚れていることはみんな知っている。みんなって、全校生徒のみんな。真偽のほどは定かではないが、ふたりは付き合っていた、とも。
「鈴原。職員室までお使いをお願いします。俺と倉木も行くから廊下で待ってて」
 鈴原の様子を見かねた高校副会長の名賀が、生徒会室を抜け出す機会をくれた。高校総務の倉木は「甘いなあ」とぼやき、それがこの空気ではなく名賀の対応であることに気づいた鈴原は屈辱で微かに頬を赤らめた。
 生徒会執行部の中で、唯一の高1。馬鹿にされたくはなかった。
 一礼し生徒会室を出る。待つと言うほどの時間もなく、すぐに倉木と名賀が出てきた。
「お待たせ」
「ごめんね」
「いいえ」
 ふたりが両手に抱えたファイルの一部を受け取り、鈴原は職員室へのんびりと歩く先輩の背を追った。
「急がなくていいんですか?」
「んー。緒方が恭介から離れるまでまだまだ時間が掛かるだろうし。自覚症状がない分、重症だな。今日は中学生たちがいなくてよかったよ。避難させるのが面倒」
 鈴原の疑問に倉木が苦笑いしながら答える。「慣れてるとはいえ可哀想だからね」と名賀もウィンクをして答えてくれた。



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