図書委員の日常
「好きです」
彼もまた真剣な表情をしていた。
「どうしたいんだ?」
「え?」
「好きと告げて、どうするんだ? 付き合うのか?」
まったく考えていなかった。青くなる樋山を鼻で笑い、緒方はベッドに飛び乗った。
「好きです。付き合ってください」
「断る」
何がおかしいのか彼はくすくす笑ったまま。対する樋山は泣きたいのを堪えていた。泣かないけど。気持ちを伝えるのに必死でそこから先を考えていなかったなんて迂闊にも程がある。
「緒方、好き」
「知ってる」
「知りたい。何が起こってるか」
「その必要はない」
笑って仰向けに転がる彼の上に覆いかぶさりたいのを我慢して、樋山は大きく息を吸った。
いろんな意味で気持ちが落ち着かない。
「ねえ、君がたった数日でやつれてるんだよ? なんとかしたいって思うのは当然でしょう?」
「その必要がないと言ってるんだ。――どうせすぐに飽きる」
静かな彼の声に突然首を絞めたくなるような憎悪を覚えた。諦めているような他人事のような遠くから自分を眺めている感覚。
「緒方、好き」
「ん」
彼の声が空気を震わせた。目を見開いたまま泣いている。近寄ったら腕で顔を隠して彼のお腹が細かく上下するのだけが見えた。ベッドの端に腰かけ彼の髪に指を通したら息を吐く音が聞こえた。
「見るな」
「緒方、好き。一緒に居たい」
「嫌いだ」
「それでも好きなんだ。――待ってるよ、ずっと」
赤くなってしまった彼の瞳を覗きこみ、次いでその耳元に囁く。
「待ってるよ、緒方」
「……っ!」
ぎゅっと彼の腕が樋山の首に回った。
しがみついて大声で泣く彼を抱き締めてその背中を擦りながらぼんやりとこれからのことを考えた。
「真! 開けろ! おいこら樋山ァ、てめえなにやってんだ開けろ!」
どうやら泣き声が外に漏れたらしい。怜司が部屋のドアを叩いてうるさい。どうする? と目で問えば微かに笑って首を横に振った気配がしたので放置していたがこのままでは本当にドアが壊れそうだ。
「怜! うるさい!」
笑い混じりに緒方が叫ぶと途端に止んだ。
「真! 俺はただ真が心配で……」
「放っておいて」
怜司ががーんと衝撃を受けた様子がこちらまで伝わってきて思わずふたりで吹き出す。
「喉、乾いた。出よう」
「え、今?」
今出ていったらあなたの兄上に刺されそうなのですがと言おうとしたら緒方は人の悪い笑みを浮かべた。
「樋山、諦めろ。怜は昔から俺の友人には容赦がなかった」
「なんで……!」
「いじめは俺自身の問題だから干渉してこないけどな」
緒方は明るく言ったが樋山の気分はまた落ち込んでしまった。根本的なことはなにひとつ解決していない。
「緒方、好き」
「知ってる」
「俺もだって言ってくれたのに」
「友達として、な」
「緒方、好き」
小さな溜め息と彼の体温、少し腫れた瞳の奥に樋山が映り込んでいる。彼の指に少しだけ自分の指を絡めて解いた。
***
「おはよう、緒方。愛してるよ!」
月曜の朝。彼の机に座り込んで彼を待つ。登校してくるなり叫ぶと彼の表情が盛大に引き攣った。2Cのメンバーは殆ど揃っていて、みんなこちらを見ていないようで神経を張り巡らせているのがわかる。
「もうつれないなあ。緒方は? 俺のこと好き?」
「たった今嫌いになった。邪魔」
「おーがーたーぁ!」
誰になんて言われようと、好きであることを止められるならそれは恋ではないと思うから、樋山は叫ぶのだ。
「でもそんなところも好きだよー!」
「うるさいどけ」
呆れた表情で軽くあしらわれる。それでも幸せだ。彼とまた話すことができる。
「恭介、相手にされてないじゃん」
にやにや笑みを浮かべて寛樹のつっこみが入る。亮介は笑うべきか嘆くべきか悩んでいるような顔をしていた。
樋山はめげない。