図書委員の日常
「思いだした。待ってて」
「ん……」
廊下に設置されている個人ロッカー。鍵がつくわけではないので誰でも開けられるがプライバシーはある程度守られている。――いじめの場合でも? 自分の想像に身震いしていると瑞樹がレジュメを手渡してくれた。
「春に定例生徒総会の準備のとき級副長会があってさ。そのときにあの人、書記やってたんだよ。やたらと早くシャーペンが動く人だったから憶えてる」
瑞樹の指差した先には2-6副級長:木瀬和輝と記されている。
「これ、他のクラスの級副長もわかる?」
「裏返して」
級長の欄に2-A:岸本瑞樹と記されてありなるほど、と2-6を探す。
「緒方怜司……」
よく知る人物の名と一字違いのそれをそっと指でなぞる。
「ねえ瑞樹、この人、緒方と似てる?」
「注意して全員見てたわけじゃないからわからないけど、でも別の学年に似た人間がいたらわかると思うよ」
昨日、ワインレッドの眼鏡の彼は全く緒方に似ていなかった。強いて言うなら眼鏡の色。
「兄弟か従兄弟だろうね」
肩を竦めて言う瑞樹に礼を言いレジュメを返すとルーズリーフを渡された。
「この前の授業の分」
「ありがと」
昼休み終了の予鈴が鳴る。授業中、今までの流れをメモした。頭を整理しないと、こんがらがって何もかもがわからなくなりそうで、でもわかったからといってこれからどうするというわけでもなくて。滑らかに紙を叩くシャーペンの先を見ながら、彼の字を思い出していた。
・中1の冬、噂が流れる。恐らく樋山と緒方がホモだという噂。
・中2の春、メアドを訊く。緒方はあっさり教えてくれた。
・中2の初夏、彼が好きだと言ってくれる/傘が折れた/彼が本を借りなくなった/図書室の扉が開かない+無視された/幼馴染たちもいじめに気づいていたことに気づく/緒方怜司から暴行を受ける/緒方怜司と木瀬和輝を知る
文字を読み返せば、まだほんの数日の間に起こった出来事なのになんだかごちゃごちゃして、最初から何もなかったように感じる。
3日間、彼に会っていない。
明日は月に1回の土曜休日。
会いに行ってみようか。
年賀状の住所を頼りに。
それまでに、できるだけ調べておこう。いじめの首謀者たちや実態、諸々。
彼の傍にいたいけれど、それはある程度知ってからだ。
黙ってやられるわけにはいかない。迎え撃つ。
最終下校時刻間近の2Cへ忍び込む。
中2の階の電気は落とされていて誰もいないから安心して調べられるけれど、戸締りを確認しにきた教師たちの目に触れると少しだけまずい。
まずは緒方の机を調べる。至って普通。特に傷がついているわけでもない。予想通り。大人の目につくことをやるはずがない。
廊下で彼のロッカーを観察。へこんでいない。心の中で彼に謝って、ロッカーを開けた。――何も入っていない。
閉じて、ロッカーの扉に額をつけて息を吐いた。気分が悪い。
帰り際、下足室の彼の棚を見る。他の人は置いている運動靴が、彼のところだけない。
「――もう十分だ」
そっと呟き空を見上げたら藍に染まりゆく様がなんとも禍々しい。
いったい、何がどうなっている。
もしかしなくても、2C全体がグルなのか。――亮介と寛樹も?
表面上穏やかな2Aにいる樋山は頭を軽く振ってその考えを追い出す。
あのふたりだって人間だ。そんなことだってあるだろうけど、でも信じたい。
「亮介。寛樹。瑞樹。教えてくれ。まったくわからないんだ」
当然のことながら返事はない。
明日、彼に会いに行こう。
***
土曜の朝は清々しい。
「今日、少し遠出をしてきます」
「はいはい。いってらっしゃい」
母に告げ7時だというのに家を飛び出す。
鞄の中には彼からの年賀状と生徒手帳、現金、定期、昨夜調べた地図。
緒方が学校からバスで通学していることを知っていたから電車で行くというのがいまいちぴんと来なかったが、樋山の家からだと電車に乗っていく方が遠回りになるものの時間的には早い。
緒方に会って、どうしよう。
好き?
無視しないで?
一緒にいよう?
どれも樋山の今の気持ちを表してはいない。
どうして言ってくれなかった?
そんな言葉が思い浮かんで小さく笑った。言うわけないじゃないか。いじめの監視をしていると疑っている相手に。
1時間半かけた道程は考え事をしているとあっさり過ぎてしまって、地図を片手に彼の家を探す。
マンション名が書いていないから番地が頼りだ。
――ストーカーだな、これは。
緒方が悪意を抱いているから尚更それっぽい。苦笑しつつ歩き回るが探しても探しても見つからない。同じところをぐるぐると回っていて疲れてきた。時刻は9時を示していて気温も上がってきて汗が流れる。日焼けしたくなくて敢えて長袖を選んだのが悔やまれた。
一旦駅に戻って、番地の場所を交番で尋ねてみることにした。訝しげな顔をしていたお巡りさんも生徒手帳を見せれば笑顔で教えてくれたが、もし樋山がいじめっこで標的の家を探しに行っていたとしたらこのおまわりさんはどうするつもりなんだろうなんて冷めた頭で考える。
先程、散々歩き回った道の隣の路地の奥にそのマンションはあった。