図書室の主 | ナノ

図書委員の日常

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 デスクの引き出しから証明書を取り出し、在室ノートを見ながら書き込んでいた南はふと手を止めた。


「昼休みになるまでここいるか?」

「あー……。はい」


 また、さらさらと手が動く。どうやら退室時間を書き加えているらしい。


「どうぞ。時間になったら持っていけ」

「はーい」


 証明書を受け取り、手の中で弄ぶ。


「先生、俺をここに連れてきたやつ、何か言ってませんでしたか?」

「倒れたんでよろしくお願いします」

「そうじゃなくてー」


 うまい言葉が見つからない。代わりに深く息を吐いた。


 在室ノートを引き寄せ、彼の名をなぞる。ここ頻繁に記されている彼の名の横に記された症状は打撲。時間は昼。

 緒方が樋山を無視してきたのは昨日。無関係だろうか。


「先生、なんで緒方こんなに頻繁に来てるんですか」

「打撲」


 それは見ればわかるけれども。不満そうなこちらの視線を鼻で笑い南は時計を指差した。


「時間だぞ」

「はーい……」


 教室に帰る前に図書室へ寄ろう。

 そこに鍵がかかっていたら、先日の分は彼の仕業ではない。かかっていなかったら、彼を待ち伏せさせてもらおう。

 保健室を退室し、図書室の扉をそっと押したら開いた。

 タイミングよくチャイムが鳴る。慌てて中へ体を滑り込ませ、カウンターに潜んだ。

 怖いなんて言っている場合ではない。

 静かな図書室でひとり彼を待つ。今日、鍵がかかっていなかったということは、昨日は彼に意図的に締め出されたのかもしれないということで、樋山は自身の気分が落ち込むのを感じていた。

 とにかく彼に訊こう。締め出した理由、頻繁な保健室の利用、無視――。


 ギィと扉の開く音がして驚きで心臓が跳ねあがる。

 複数の足音が近づいてきて緊張してきた。緒方じゃない。

 向こうからはカウンター内は見えないから大丈夫だとわかっていてもばれたらどうしようと思うと恐怖で手に汗が滲んでくる。

 侵入者たちは何も話していない。気配が近づいてきて怖くて目を閉じた。少し震えていたかもしれない。


「恭介」


 背後で溜め息混じりに呼ばれた名は自分のもの、そしてその声の主を樋山は知っていた。

「瑞樹」

「あ、恭みつかったー」

「よかったよかった」


 腕組みしてこちらを見下ろす瑞樹と、姿は見えないが幼馴染ふたりの声に気が抜けてしまった。


「弁当届けてやろうと思って保健室に行ったら恭介がいなくて……焦った」

「瑞樹がさ、いきなり息を切らして飛び込んできたから何事かと思ったよ」


 瑞樹は少し蒼褪めていて口を噤んでしまい、亮介が補足してくれる。


「……ごめん」

「いいよ。無事だったし」


 あっさりしている亮介と、先程から周囲を警戒している寛樹の様子がちぐはぐで違和感を感じ、それを指摘しようとしたら瑞樹に腕を取られた。


「教室に戻ろう」

「嫌だ。緒方を待つ」


「恭介!」

「だめだよ瑞樹、もっとわかりやすく言わなきゃ。――恭介、上で話すから。ここじゃまずいんだ」

「なんで」


 瑞樹の腕を振りほどこうとして睨みあい、このままではどうしようもないと思ったのか亮介が口を挟むがそれも樋山にとっては納得できるものではなかった。当然反論すれば、寛樹が吐き捨てる。


「想像はついてるんだろう?」


 苛立ちを隠そうとしない寛樹の様子が珍しく、呆気にとられていると瑞樹に抱え上げられた。

「ちょ、降ろせよ!」

「上行くよ」

「無視するな!」

「ここで落とそうか?」

「結構ですごめんなさい」


 寛樹と亮介はさっさと図書室を出て、抵抗するにできない樋山は瑞樹が止まるまでおとなしくしていた。

 つれていかれた先は中庭。日差しが眩しく暑いがそのせいか誰もいない。

 木陰に4人で身を寄せて無言のひとときが過ぎていく。


「俺、気をつけろって言ったよね」


 責めるわけではなく事実として淡々と亮介は告げる。その物言いにかちんときて深呼吸。なんとか笑顔を繕う。


「うん。言った。でもあの噂だってなんともなかったし大丈夫だって」

「大丈夫じゃないから瑞樹が必死で探したっていうの、わからない?」




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