図書委員の日常
疲れている樋山にとって何も言わずにいてくれるのはありがたい。
なのに、空気を読まない友人たちがわらわらと群がってくる。
「恭介、どうしたの?」
「大丈夫?」
「あー、いやさすがに2日間の貫徹はつらいな」
口を開くのもだるいというのに、友人たちは樋山の周りできゃいきゃい何か言って頭に響き苛立ちが増す。
友達なら、黙ってろよ。普段と違う様子にも気づけないのか。
直接は言えない言葉をそっと溜め息に託して、眠いから放っておいてと告げ机に突っ伏した。
幼いから同じ環境。
足の引っ張り合い、出る杭は打たれる。みんな横並びの世界。
個性なんてものは埋没し、画一的な人間の出来上がり。
緒方に惹かれたのは、今まで周りにいた人間と色が違ったからだと思っている。
彼の紡ぐ言葉の意味が自分と異なることなんてとっくに気がついていた。
ただ、うわべだけでも彼の言葉が欲しくて感情にそっと蓋をして甘えた。
――『好き』、その意味をきちんと伝えた先の未来が思い描けない。
気持ち悪い? それとも、戸惑いながらも応えてくれる?
いつの間にか眠っていたらしい。
授業終了のチャイムで目が覚め、瑞樹の号令で起立したときに目が合った数学の先生がパチッとウィンクを寄越してきた。
中1のとき樋山の担任だったから、樋山が真面目なことは知ってる。1回なら見逃してやるといったところか。
苦笑して会釈を返したときにはもう彼はいなくなっていた。
「はい」
いきなり目の前にびっしり書き込まれたルーズリーフが差しだされて驚く。
「寝てただろ。それに今はノート貸したくない」
怒気を孕んだ瑞樹の声に怖くて顔を上げられない。
「なあ、恭介。俺が何に怒ってるかわかる?」
「ありがと」
言葉を無視して瑞樹からルーズリーフを奪い取り、席を立とうとすると阻まれた。
「恭介」
「俺、瑞樹だけは放っておいてくれると思ったのに」
「恭介、おかしいよ」
「うるさい」
中途半端な仮眠で脳が悲鳴を上げている。
瑞樹を突き飛ばそうとして自分の体が傾くのを、どこか冷めた自分が見ていた
ばたんと机が転がる。体もなんだか痛い気がする。
誰かに抱き起こされているが目が開けられないので気配しかわからない。
「恭介!?」
「ちょ、瑞樹なにしたの」
「誰か先生呼んできて!」
「必要ない」
うるさい友人たちの声の中で、瑞樹の声だけが明瞭に届く。
「俺は級長だ。今から恭介を保健室に連れていく」
背負われ、黒板に何か書き込む音、扉の開く音、教室とは違う空気。
「瑞樹、ごめんな」
とりあえずそれだけを呟いて樋山は意識を手放した。
***
傍で誰かの気配がして、起き上がろうとして力が入らないことに気づく。
目を開けようとしても瞼が持ち上がらない。
「……っ」
動いたのがわかったのだろう。誰かが息を呑み気配が遠ざかる。
聴覚だけが研ぎ澄まされていて、その割にここは静かすぎて物足りない。
今は何時。ここはどこ。すっきりした頭で考えても仕方がないことを考える。
重い瞼を持ち上げれば天井が目に入る。ついでに、毛布がかかっていることに気づいた。
「保健室」
そうだ。瑞樹は保健室に連れていくと言った。
腕時計を見ようとしたら外されていた。寝てる間に体に傷がつかないようにと気をきかせてくれたのだろう。
なんとか体を動かし、仕切りを開いたら誰もいなかった。十一時五十分。あと二十分で午前中の授業が終わってしまう。
教室に戻るには養護教諭の在室証明書がいる。
せめて昼休みになる前に戻ってきてくれ、とひとりごちて在室ノートを見る。
入室時刻と退室時刻、学年クラス番号、教科、症状、処置を生徒が書き記していくノート。
樋山の分は瑞樹の几帳面な字で記してあり、あとは退室時刻を書くだけになっていた。
そういえばルーズリーフはどうなったんだろう。体がふらついたその瞬間まで握っていたはずなのに。
がらっと扉を開けて養護教諭の南が帰ってきた。
「お、目が覚めたか。ちょっと待ってろ」