紙を捲る音
短かった春休みは、二回だけ真司と出かけた。
どこに行きたいかを訊いても「恭介の行きたいところ」としか言わない彼に焦れて、悩んだ末に本屋とお気に入りの喫茶店に誘った。
本屋では楽しそうに本を選んでいた彼も、喫茶店に入ると表情が固くなった。
「なあ、恭介。笑わないでほしいんだが」
「どうしたの?」
あまりにも思い詰めた表情の真司に恭介も背筋を伸ばし、固唾を呑んで彼の声を待つ。
「俺は、あの頃のことはあまり憶えていない。だから、お前にそんな顔をしてほしくないんだ」
想像以上に重い言葉でどう返せばいいのかわからない。彼も意味もなく紅茶を掻き回していてその目は恭介を見ていない。
本当に憶えていないとしたら心の傷は深いということで、もし真司が気を遣って言っているなら言わせている自分自身に問題があるということで。
「真司。大好き」
にっこり笑って告げた恭介に、彼はほっとしたように息を吐いた。
***
夏扇学園においては中学三年生という響きも特に意味はない。
中高一貫で高校受験の心配もなければ、リーダーとなる必要性もない。すべては高校生主導だった。
「つまんないね。どうせなら生徒会でも立候補しとけばよかった」
3Aの教室で亮介の髪を弄びながら寛樹が言うと瑞樹が鼻で笑った。
「面倒臭がりの君にできるもんか」
「苦労性に言われたくないな、級長?」
面倒事だけだとわかりきっている級長に進んでなりたがる者なんていない。
投票で決まり、瑞樹は三年連続、前期の級長、恭介はといえば言わずもがな図書委員を選んだ。
亮介は無視を決め込んで早速真新しい教科書に書き込みを始めているし、真司は読書に没頭していて気配がない。
「で? どうだったの、春休みのデートは?」
クラスメイトたちそれぞれの注意が逸れているのを確認した寛樹がにやにやしながら訊いてくる。
話そうかどうか迷って、やめた。
「別に。何もないよ。デートどころかただの外出」
溜め息混じりに言うと亮介から憐れんだ目で見られた。
亮介を睨み返しながら、恭介は先日のできごとを思い返していた。
***
誰もいない図書室に行きたいと言ったのは彼。