栞を挟む時機
「まったく、恭介は幼いままだね」
仕方ないなと笑いながら、瑞樹が頭を撫でてくる。その腹にぐりぐりと更に頭を押しつけた。
何かに勘づいたらしい寛樹と亮介がさっと彼に視線を走らせるのを感じた。
昼休み終了の予鈴とともに、恭介は聞いた。「おかえり」と言う幼馴染の声を。
自分の中で、何かが終わったのを感じた。
***
選挙活動と言っても実際はポスター貼りだけだ。それも二枚に限られている。
主義主張は立会演説会で勝負。
中高一貫のため生徒会長になれるのは高校生のみ。おまけに今年は真司しか出ていないから、信任投票。対立候補がいないのでほぼ当確と思っていい。
副会長は中学と高校、それぞれ一名ずつ選出される。このクラスからは名賀という外部生が出ていた。対立候補がふたりいて厳しいように見えるがその場合は残念ながら安易な生徒たちによってクラスで選ばれてしまうから、こちらも当確。応用クラスにいてよかったと思うのはこんなときだろう。それ以外は勉強を詰め込まれてまったく楽しくない。
書記と会計を合わせた総務は中学から二名、高校から二名。中学からは一名しか出ていなかったが、高校からはきっちり二名、恭介と接点のないクラスメイトが出ていた。これも信任投票になるだろう。
二年前と異なり、各クラス二名の選挙管理委員がのんびりしていた理由がわかった。最初から候補者がそろっていたのだ。
「見事に外部生ばっかりの闘いだね」
下足室に張られたポスターを見ながら寛樹が呟く。面白くなさそうに亮介が頷いたら瑞樹がその頭を叩くのをぼんやりと見ていた。
「文句があるなら、君が出たら? 自分を安全圏に置いておきながらの批判だなんてずるいよ?」
「はいはい」
「俺、瑞樹が出ると思ってた」
亮介の投げやりな返事を聞きながら、ぽろりと口を突いた言葉に自身で愕然とした。
慌てて口を覆い謝ったが、瑞樹は小さく笑って頭を振っただけ。なんとなく気づいた。彼もまた、守りたい者を見つけたのだ。
「俺は、結局ひとりかあ」
「人間、結局はひとりさ」
悟ったように言う亮介の脇に寛樹が肘鉄を食らわせる。やっと、恭介も笑えた。
なにか無茶をするときは、亮介と寛樹、瑞樹と恭介がそれぞれワンセットだった。
恭介が真司に構っていた時期、瑞樹もこんな寂しさを感じていたのかもしれない。
***
二月、生徒会役員総選挙立会演説会。選挙管理委員の主導で行われる、生徒のためのイベント。舞台の上に候補者と応援演説者のパイプ椅子が並べられる。
生徒会長候補の演説は一番最後で、恭介の手にも汗が滲んだ。
名賀の演説が終わり、真司の応援演説者の秋一が壇上に立つ。
「今回、私が推薦する緒方真司と言う人物は――」
人間に興味がないと思っていた秋一から語られる真司の姿は、恭介もよく知る彼で胸が熱くなった。
読書家で、人の痛みがわかる人。生徒会長という役に求められる人柄。実際に彼が語ったこと。
常にざわざわしていた聴衆が、秋一の声に聞き入っている。
秋一が一礼しパイプ椅子に戻っても、司会はしばらく呆けたようになっていた。教師に促され、慌てて真司の名が読み上げられる。
久しぶりにまともに見る彼の姿に、心臓が苦しい。
壇上の彼と、目が合った。彼は、笑っていた。
おわり