本編
ここまでしていいかと迷ったのはほんの数秒。これが自分たちを守る保険になればいい。
彼らの学年クラス名前を書き込んでいき南に渡す。
「はい、お疲れさん。帰っていいよ」
呆然としている七人が動こうとしないので肩を掴みひとりひとり追い出していくのをただ見ていた。
「私ももう保健室戻るからね。じゃ、気をつけろよ」
「ありがとうございました」
素直な気持ちで言うとぽんぽんと頭を撫でられた。
「多勢に無勢なら、保険かけとけ」
「……はい」
「ここ、いつも帰りは開けっ放し?」
「はい。守衛さんが閉めてくださるので」
「ふーん。じゃあ、今は外から閉めとく。あいつらがまた入ってこないとは限らないからな」
とん、と背中を押され、後ろでかちり、と鍵が閉まるのを聞いた。
この空間に、ふたりきり。
いつもの場所に戻ると彼が本を読んでいた。
いや、読んでいない。
本の一点を見つめて、彼はこちらの気配を探っていた。
彼の隣に腰かけ天井を見上げる。窓から見える空は相変わらずくすんでいた。
「ねえ、緒方」
「なんだ」
「俺と一緒にどこか遠くに転校しない?」
「断る。どこか行きたいならお前ひとりで行け」
「ひどいなあ。ねえ、緒方」
「なんだ」
「あれは、幻聴?」
顔を上げた彼は綺麗だった。相変わらずこちらを見ない。お互いを見ることなく、会話は進む。
「お前が、そう思うならな」
「もう一度、言ってよ」
「幻聴だとしたらお前の妄想だろう? 言ってないことは言えないな」
「おーがーたーぁ」
「なんだ」
「俺、振られっぱなしでいいや」