栞を挟む時機
「クラスの団結力の強さは君も知ってるでしょー」
常日頃、勉強に追い立てられている一年五組のメンバーは刺激に弱い。大方、真司が「隠しておいてくれ」と言ったら、嬉々として応じたのだろう。
「応援演説は?」
「岸本秋一に頼んだ」
彼の口から出るには珍しい名前を聞いて驚くと、真司は照れたように笑った。
「最初は岩本寛樹に頼んだんだが、あいつらが話しあった結果、岸本秋一を勧められた。言われてみて、なんであいつを思いつかなかったのかと思ったくらいだ」
口数の少ない理系人間。真司が心を許す人間の一人で外部進学者。クラスメイト歴二年になろうかという秋一と話したことは殆どないが瑞樹の評価は高いのでそれとなく意識はしていた。
「随分と仲が良いんだね。嫉妬しちゃうよ」
穏やかな沈黙の後に、こめかみにキスされた感触があった。
「真司?」
「今までありがとう、恭介。俺は、ここからだ」
「しん、っ」
「お前の想いには、応えない」
さあっと全身から血の引く音がした。耳の奥でさらさら流れる音がして、遠ざかる彼の背を見送った。
***
教室に戻っても気分が悪くて、ぐるぐると回る世界を見たくなくて頭を抱えた。
「恭介、顔色悪いよ」
保健室に連れて行こうとする瑞樹の腕を振り切り、亮介の差し出したお茶を一気飲みした。
「ねえ、亮介」
「ん?」
「俺、笑えてる?」
「泣きそう」
嘘偽りなく教えてくれた亮介には悪いがますます気分が落ち込んでしまった。
視界の隅に映り込んだ彼に掴みかかりたい衝動を宥めて瑞樹に腰に抱きついた。
「え」
「わ」
「ちょっ、恭介」
あからさまに顔をしかめる寛樹、戸惑う亮介、逃げ腰の瑞樹に構ってなんかいられない。
もともと、四人の世界だった。彼が居たのなんて、ほんの四年間。十三年間も共に過ごした居心地のいい世界に戻っただけだ。