図書室の主
月日は流れる。
十五年過ごした学園とも別れの時、なんて思いつつ実際は受験が終わっていないのでなんとも言えない宙ぶらりん気分だ。
卒業式の興奮冷めやらぬ教室からそっと抜け出し、自然と久しく足が遠のいていた場所へと向かう。
中三、高一はせっかく同じクラスになれたのに、高二から文理分けでクラスが離れてしまった彼。
実際、同じクラスであったとしても図書室が大切な場所であることに変わりはない。
彼と共に多くの時を過ごしたあの場所に、別れを告げたい。
彼への想いも、今日が最後だ――。
***
ギィと嫌な音を立てて図書室の扉が開く。
もう蝶番に油を注さなくてもいい。
人が出入りするようになった図書室は、多くの人を包み込み、また、愛されていた。
小説スペースの入り口には彼の上靴があって、心臓が小さく跳ねる。
奥へ目をやれば彼はこちらに背を向けて窓からくすんだ空を見上げていた。
「緒方」
「ああ」
悪戯心で乗せた言葉は、錆びてはいない。
振り返った彼に、一気に時が巻き戻るような錯覚を覚えた。
彼がおもむろに制服のブレザーを脱ぎ恭介の頭に被せた。
視界が紺色になったのと彼の匂いに包まれたのとで軽くパニックを起こすと、「取るなよ」と言われた。
なにがなんだかわからないが、彼の表情を見ずに済む今なら言える。
「真司、好き。付き合ってください」
「黙ってそこで待ってろ」
最後の告白なのに返事すらもらえない。
彼の気配が遠ざかる。
取ろうと思えば取れるが彼を待つことにした。
ふと図書室のこの場所を想う。自分と真司のいなくなったこの場所は誰に引き継がれていくのだろうかと。
想って、笑った。誰かを包み込む、優しい、温かい場所でありますように。
彼の気配が戻ってくる。いつになく緊張した声で彼は言った。
「いいぞ、取れ」
明るくなった視界。
片膝をついた彼がこちらへミニブーケを差し出していた。
「いつになってもいい。待ってる。だから、恭介が覚悟を決めたそのときから、俺と一緒にいてくれないか」
真剣な瞳がきっとこちらを見ているのだろう。
だけど、恭介にはわからなかった。
涙が零れて、顔を覆ってしまったから。
声が出なかった。
ふわりと彼に包み込まれる。とうとう彼の身長を超すことはできなかった。
優しく擦られる背中に感情がすべて溶けだしてしまいそうで首に腕を回した。
ずるい。
ひどい。
俺はずっと真司が好きなのに。
言いたい想いをすべて封じ込めて、やっとの思いで彼に答えを囁いた。
真司は瞳を瞬かせ、ゆるりと笑った。
「ありがとう」
その声はどちらのものだったか。
約六年間の片想いの結末の証人は、
この部屋を埋め尽くす大量の本たちだ。
おわり
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