遡及事項
「来ちゃったっ」
誰だ。
疲れているときは無視するに限る。受話器を置こうとしたら、慌てる素振りを見せた。
「瑞樹、俺だって」
「誰だって?」
鼻で笑い、問答無用で受話器を置いて気配を殺し、いきなり玄関のドアを開ける。
「久しぶり、瑞樹」
まったく動じていない幼馴染の恭介が悪びれていない笑顔で岸本に抱きついた。
「んー? 汗臭いね。風呂沸かすから中入れて」
「何しに来た」
「親愛なる幼馴染に会いにだけど。悪い?」
「タイミングがね」
靴を揃えて、風呂場に直行する恭介を見ながら、この部屋の惨状をどう言い訳しようか考えた。
まずは――秋一との写真を隠そうか。
***
あまりにもしみじみと言うものだから、怒る気も失せてしまった。
風呂上がりの岸本と恭介はゴミ袋片手にいらないものから放り込んでいる。
「改めて、汚いねえ」
「うるさい。そういえば緒方は?」
「留守番」
彼の想い人について尋ねれば、恭介は幸せそうに笑った。
それを見るとくすぐったいような悔しいような複雑な気分だ。
「綺麗好きの瑞樹がこの環境に耐えられたのが不思議だよ」
「人間、ひとつのことに夢中になるとどうでもよくなるみたいでね」
「柚葉が」
夢に見た弟の名に手が止まる。恭介は「そんなに怒るなよ」と言って肩を竦めた。
「嫌だって言ったんだけど、無理やりここを教えてもらった。あれを責めないでね」
「……わかった」
ふうっと大きく息を吐けば、恭介が笑った。
そういえば秋一はどうやってここを知ったのだろう。
「瑞樹」
「ん」
「柚葉と、仲直りできるかもよ」
「……最初から喧嘩なんてしてない」
「そうだね」と言って目を伏せる恭介に悪いことしたと思いつつ、ここまで彼が踏み込んできたのも珍しい気がする。