親友の影
その言葉の続きを聞きたいような、聞きたくないような。ここまで来たら、毒食わば皿まで。どうせ答えはもう見えている。
『岸本に会いたくなったから』
あのとき秋一は確かにそう言った。
「岸本の料理が食いたくなった」
すぅと首の跡をなぞりながらぽつりと落とされた言葉は波紋を広げ、やがて沈んでいった。
一年前、一人暮らしをすると決めた岸本に、ちゃんと自炊している証明として写メを送ることを義務付けたのは秋一だ。
秋一は律義に感想を返してきた。
見た目が悪い、とか、栄養バランスが悪い、とか、酷評ばかりだったが一人暮らしで寂しかった岸本は随分励まされていた。
秋一の手が離れていって、自分で跡をなぞってみる。息が薄くなったとき、湧いてきたのは我儘な彼への怒りだけで死の恐怖は感じなかった。
信頼とは違う。でも、秋一が何を欲しがっているか、漠然としていたものが確信へと変わった。
「秋一」
ただ呼んだだけなのに、どんなときも僕が一番な秋一が怯えを見せる。きっと今自分はひどい顔をしているのだろうと思ったが引く気はない。逃げようとする彼の腕を掴み、訊いた。
「なんで、いなくなった」
「岸本。僕は友達はいらないんだ。これ以上言わせるな」
すぐに無表情の仮面を被るくせに、声だけは泣きそうに歪められたまま。
「はっきり言え」
「嫌だ」
ぐっと引き結ばれた唇。こうなったらもう何が何でも口を割らない。
溜め息を吐きそうになるのを堪え、軽く頭を振った。
もうあそこまで言えば誰だってわかるのに、こいつはいつだってそうだ。
欲しがるくせに、あと一歩のところで手を引く。
優位に立っているとわかっているからこんなことができるのだろうか。
「秋一。心配した」
秋一の肩が震えるのを冷静に見つめる自分に、吐き気がした。
「待ってた。友達だから」
選んだ言葉は我ながら最低。
「秋一が嫌いな人の中にも、秋一のことが大好きな人がいる。俺も好きだ」
彼の手が再び首に伸びる。止める気はない。
彼が自分を壊したそのときは、彼も壊れるだけだ。少しずつ強まっていく力を感じて思わず笑みを零したら一気に目の前が白くなる。