親友の影
そんなときに秋一が呼びかけたものだから少し焦る。何食わぬ顔で、それでも目を逸らしつつ返事をする。
「なあに?」
「元気そうだな」
その声が微かに笑みを含んでいて思わず秋一の顔を凝視するも彼はいつも通りの不機嫌そうな顔で聞き間違いだったかと首を傾げたが。
「お前が一人暮らしを始めた頃はどうなることかと思ったが……。急にお前の手料理が食べたくなってな、すまない」
「俺の手料理って……。まずいかもしれないじゃん」
「岸本は器用だからな。それに、現に急に言ったものも作ってくれたし味は……悪くない」
今度こそ、本当に彼は笑っていた。
「ごちそうさま。おいしかった」
あの俺様な秋一が礼を言った。天変地異の前触れだろうか。
いろんな意味で早鐘を打ち始めた心臓を無視してそんなことを考えていたら、秋一は食器を手早く洗ってしまった。
「悪いが、やっぱり帰るよ」
「あ、そうか……。残念だ」
「思ってもないことを言うな」
「思ってるよ。親友だから」
秋一の目がついと細められる。彼が交友関係の呼称で友人に類する言葉を厭うのを知っていて使ってしまうのは離れた時間が長かったからだろうか。
「知人、だな」
それとも、彼と過ごした時間が自信を与えてくれるからか。
おもしろくなさそうに返ってきた言葉が懐かしい。あのときのようなからかう声になってもたぶん大丈夫。
「知人に食事を提供してもらうのか?」
「……ああ」
じゃあ、と短い別れの言葉を残して、秋一は去った。
急に暗く感じられる室内。
部屋の隅にある写真立ての位置がずれていた。おそらく彼もこれを見たのだろう。
最後に会った日、ふたりで撮った写真は家族写真の横に並べてある。
指先で動かぬ彼を突いたらふいに涙が零れそうになって天井を見上げた。なんで泣きたい気分になるのかわからなくて、泣いていいのかどうか迷ってやめた。
イレギュラーな出来事は不快じゃない。
むしろ、こんなことならいつだって歓迎する。
久々に秋一に会った興奮で寝つけなかった岸本はまだ知らない。このあと彼が何をするのか。
この翌日、彼が消息を絶ったと知ったのはそれから一月後のことだった。
おわり