親友の影
「ありがとう」
ぼそりと呟かれた言葉が信じられなくて頬を抓ったら睨まれた。別に自分の頬だからいいじゃないか。
「秋一。二月からずっと、面接の練習を親身になって手伝ってくれてありがとう。いつも仲良くしてくれてありがとう。あと……これからもよろしく」
絶対に直接言わなきゃと思っていた言葉を告げるといきなり頬を両側から摘まれた。
「結局、お前は口だけなんだな」
「なにぁ?」
「ふん、自分で考えろ。僕の親友なんだろう」
どうやら答えを言うまで離してくれないらしい。まいった。唾液が口の中に溜まってきて呼吸が苦しいが、人間、切羽詰まると脳がフル回転するらしい。
「あぉえしゅーいち、ぃんゆーあからっぇあありまえとぁおーってぁいよ」
「聞こえんな」
鼻で笑った彼の頭を叩いてなんとか頬を解放する。絶対指の跡がついてる。
「あのねえ秋一。親友だからって当たり前とは思ってないよ」
もう一度告げると彼は不貞腐れて横向いてしまった。まったく面倒な親友。
「お礼はちゃんと言わなくちゃ。言葉にしなきゃ伝わらないからね」
「そんなんだから僕に振り回されるんだぞ」
「いいよ。一応、振り回される相手は選んでるつもりだよ?」
彼と視線がかちあう。
無理に何か話さなくていい。
一緒に、いればいい。そんなことに気づかなかった自分をちょっと笑った。
4時まで何を話すでもなく、たまにお互いを見つめてそうして時間は過ぎていった。
「写真、送れよ」
カップの中身が空になった頃、秋一が立ちあがりトレイを片づけてくれた。こういうところはまめだ。
新しくなった駅舎の前で、渋る秋一を拝み倒して通行人に写真を撮ってもらった。
初めてのふたりのツーショットは最後の制服姿で、渋った割には秋一も岸本も笑顔でほっとする。
中心街行きのバスに乗って、更に岸本が乗る高速バスのところまでついてきた。どうやら見送ってくれるらしい。
乗れるバスが見えたので慌てて走ろうとしたらぐっと腕を掴まれた。無情に閉まるドア。走り去るのを呆然と眺めた。次のバスは30分後だ、と冷静に分析してる場合じゃなくて。
「なにやってくれるんだよ君は!」
「別にいいじゃないか」
「よくない! 今日、ちょっとでも感動した自分に幻滅するよ!」
「そうか、自己を正しく認識するのは成長への第一歩だぞおめでとう」
しんみりしそうになっていたのにやっぱり秋一のせいで台無し。もういいけれど。
「岸本」
呼ばれ、気づけば彼の腕の中にいた。
周りにはバス待ちの人がたくさんいて、岸本たちは制服を着たままで、しかもそれはホモが多いと噂の男子校の制服で。
辺りの視線を一気に浴びて、あまりの恥ずかしさに気絶してしまいたかったがそれができなかったのは彼の様子がいつもと違ったから。
「岸本」
寂しい、と言っているように聞こえた。抱きしめているのは秋一なのに、自分が抱きしめているような錯覚。
「大丈夫だよ、秋一。俺も頑張る。秋一、来年、待ってるから。俺の料理食いに来い」
彼の髪を掻き上げて告げれば、相変わらず不機嫌そうな瞳がそっと閉じられた。
おわり