親友の影
約束の時間が二十秒過ぎた。校門の前でぼんやり立っている親友が見えたので大きく手を振った。秋一は気づいたようだがすぐに目を逸らされて苦笑してしまう。
「遅い」
ふんぞり返っていう彼に少しばかりイラッとしたけれども確かに今回遅れたのは岸本が悪い。ここは素直に謝ろう。
「ごめん」
ふんと小さく鼻を鳴らしたがどうやら機嫌は直ったらしい。目指すは職員室だ。
卒業式から約三週間。三月一杯まで夏扇学園の生徒であるから制服を着てもいいはずなのに、どこか着心地悪く感じるのはやはりどこか高校生活を過ぎ去ったものとして感じるからか。
ずんずんと前を行く秋一の背中を見る。同じ身長なのに堂々とした彼は何をしても様になっていて悔しい。
「秋一、俺はこのまま進学する」
小さな呟きは風に紛れて聞こえなかったはずなのに、彼の歩が止まった。
振り返ったその瞳は驚愕で見開かれてなんだか申し訳ない気分になってしまう。
「そうか」
たった一言、吐き捨てて彼は虚空を睨んだ。
「そうか」
もう一度、彼は言った。夢を諦めるのかと詰られた気がして俯くとぐいっと額を押された。必然的に顔が上がる。
間近にある彼の茶色い瞳がいつもの鋭さを放っていて見慣れていても怯みそうになる。
「お前の人生だ。僕の人生じゃない。決めたんだろう、胸を張れ。――おめでとう、岸本」
「……ありがとう」
気まずいのは第一志望ではないから。
第一志望どころか、どうしても浪人したくないしここだったらいいかといういい加減なもの。秋一もそれに気づいている。
「僕は浪人する」
「そっか。秋一は夢を追いかけるんだもんね」
「当たり前だ。夢は叶えるためにある。ちゃっちゃと担任に報告して飯食いに行くぞ。今日は僕のおごりだ」
「え、そんな」
慌てて断ろうとすると彼は笑った。どこかぎこちなく、それでも岸本を安心させようとして彼は無理に笑った。本当は優しい彼らしくはあるけれど、同時にらしくないことをさせている罪悪感に胸が痛んだ。
「駄目なら最初から言わない。遠慮するな。まさか時間がないなんて言わないだろう?」
「時間はあるけど」
「じゃあ、文句ないな。ほら行くぞ」
卒業式の日に荷物は全部持って帰ってしまったから、職員用の出入り口でスリッパを拝借する。