本編
放課後、図書室の扉を開ける。
彼はいつもの場所で待っていてくれた。
「緒方、好き。付き合ってください」
ふいと顔を逸らされたけれど悲しくなんかない。むしろ昼を思い出して緩みそうになる頬を必死で押さえていた。
久しぶりに、彼にかじりついて本を読む。
ページを捲る音、吹き抜ける風の音、ああ、あのときよりもだいぶん暑くなった室内。
最終下校時刻を知らせる校内放送。
彼の借りる本の手続きをして、一緒に帰って、この2週間の話題はなんとなく避けたかったから今日読んだ本の話をして――別れ際に、キスをした。
暗がりで誰にも見られていない自信はあるけれど、もう見られてもいい。
緒方が好きだと、みんなに言ってまわりたい気分だった。
「じゃあ、気をつけて」
「ああ。そっちもな」
信号を渡る彼と、見送る自分。渡り終えて振り返り手を振る彼に見えるように、そっと自分の唇に触れてみる。
途端に顔を背ける彼に、小さく愛を呟く。
きっと、彼に聞こえてる。
帰りのバスの中、樋山は考えた。
2週間の空白、一週間前の打撲、それからの保健室。
――犯人は誰だ。
緒方は何も言わなかった。いじめに関することなら素早い内部生同士の情報網も、何も引っ掛かっていなかった。
彼が保健室にいることさえ、知らなかった。意図的に隠されているのか。
幼稚園、小学校からの同級生たちの顔をひとりひとり思い浮かべる。
犯人は、誰だ。
自分の身を守り彼の身も守ると決めたのに、自分が傷つきたくないからと彼を放っておいて、まったく迂闊だった。
誰とでも仲良くする代わり、こんなときに頼れる交友関係を作っておかなかった自分を呪った。これじゃあ、いじめられたときは案外、ひとりぼっちかもしれない。
それでも、彼に害が及ばないのなら。
そこまで考えて軽く首を振った。
彼も自分も、守るんだ。
おわり。