紙を捲る音
夏扇学園においては中学三年生という響きも特に意味はない。
中高一貫で高校受験の心配もなければ、リーダーとなる必要性もない。すべては高校生主導だった。
「つまんないね。どうせなら生徒会でも立候補しとけばよかった」
3Aの教室で亮介の髪を弄びながら寛樹が言うと瑞樹が鼻で笑った。
「面倒臭がりの君にできるもんか」
「苦労性に言われたくないな、級長?」
面倒事だけだとわかりきっている級長に進んでなりたがる者なんていない。
投票で決まり、瑞樹は三年連続、前期の級長、恭介はといえば言わずもがな図書委員を選んだ。
亮介は無視を決め込んで早速真新しい教科書に書き込みを始めているし、真司は読書に没頭していて気配がない。
「で? どうだったの、春休みのデートは?」
クラスメイトたちそれぞれの注意が逸れているのを確認した寛樹がにやにやしながら訊いてくる。
話そうかどうか迷って、やめた。
「別に。何もないよ。デートどころかただの外出」
溜め息混じりに言うと亮介から憐れんだ目で見られた。
亮介を睨み返しながら、恭介は先日のできごとを思い返していた。
***
誰もいない図書室に行きたいと言ったのは彼。
いつも誰もいないという突っ込みを胸に秘めつつ、ふたりで春休み開放期間の図書室へと向かった。
まだ肌寒い季節、読書に夢中の彼へ少しいたずらするつもりで押し倒したら、自分が床に転がっていたという話。
一瞬のことでなにが起こったかわからなかった。
彼はといえば何事もなかったかのように読書を続けていて白昼夢でも見た気分。
「あの、さ、真司?」
読書中の彼に話しかけても無駄なことはわかっていたので帰り道、彼に訊ねてみることにした。
「なんだ」
「俺、そのー、真司を押し倒した、よね?」
一瞬の間、彼がこっくり頷いた。よかったあれは現実だ。
それならなおのこと、気になる。
「なんで俺が床に転がってたの?」
「……人間、知らなくていいこともあるんだ」
滅多に見られない微笑と共になんだか怖いことを言われて全然嬉しくない。
結局それ以上訊く気になれず、恭介の中ではやっぱり白昼夢ということになっている。
おわり