図書室の主 | ナノ

図書委員の日常

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 柔らかく笑う彼に胸が痛む。「久しぶり」も、「会いたかった」も今の彼には言ってはいけない気がして唇を噛んだら背中を擦られた。


「お前がそんな顔をするな。調子が狂う」

「緒方、俺は」

「いい。何も言うな」


 なんでこんなに優しいんだよ。もうわけがわからない。彼の腕をそっと外して綺麗な明るい茶色の瞳を覗きこむ。どこまでも澄んでいてずっと見つめていたくなる彼の瞳に樋山の方がうろたえてしまった。

「緒方、俺、察しはついてる。でも、本当のことは知らない。知りたい。今日は急に来て悪かった。教えてほしい」


 俯き彼に告げると溜め息が聞こえて体が強張ると抱き締められた。


「樋山が気に病む必要はない」

「なんで? 俺は緒方が」


 好きだよと言おうとして喉が凍った。彼に何度も告げた言葉、でも樋山の好きは彼にとっては違うかもしれない。今まで考えないようにしていたことが樋山に圧し掛かってとうとう言えなかった。
「緒方。ねえ、緒方」


 ぽんぽんと背中を叩かれる。密着する彼の体温。図書室とは逆だなあと思って彼の肩口に顔を埋めた。

 名残惜しかったけれど彼から離れる。

 嫌われてもいい。やっぱり今、言わなきゃいけない。


「緒方」


 彼の瞳を見つめて、精一杯誠実にこの自己満足な気持ちを伝える。

「好きです」


 彼もまた真剣な表情をしていた。


「どうしたいんだ?」

「え?」

「好きと告げて、どうするんだ? 付き合うのか?」


 まったく考えていなかった。青くなる樋山を鼻で笑い、緒方はベッドに飛び乗った。

「好きです。付き合ってください」

「断る」


 何がおかしいのか彼はくすくす笑ったまま。対する樋山は泣きたいのを堪えていた。泣かないけど。気持ちを伝えるのに必死でそこから先を考えていなかったなんて迂闊にも程がある。


「緒方、好き」

「知ってる」

「知りたい。何が起こってるか」

「その必要はない」


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