図書室の主 | ナノ

図書委員の日常

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 土曜の朝は清々しい。


「今日、少し遠出をしてきます」

「はいはい。いってらっしゃい」


 母に告げ7時だというのに家を飛び出す。

 鞄の中には彼からの年賀状と生徒手帳、現金、定期、昨夜調べた地図。

 緒方が学校からバスで通学していることを知っていたから電車で行くというのがいまいちぴんと来なかったが、樋山の家からだと電車に乗っていく方が遠回りになるものの時間的には早い。

 緒方に会って、どうしよう。
 好き?

 無視しないで?

 一緒にいよう?

 どれも樋山の今の気持ちを表してはいない。

 どうして言ってくれなかった?

 そんな言葉が思い浮かんで小さく笑った。言うわけないじゃないか。いじめの監視をしていると疑っている相手に。

 1時間半かけた道程は考え事をしているとあっさり過ぎてしまって、地図を片手に彼の家を探す。

 マンション名が書いていないから番地が頼りだ。
 ――ストーカーだな、これは。

 緒方が悪意を抱いているから尚更それっぽい。苦笑しつつ歩き回るが探しても探しても見つからない。同じところをぐるぐると回っていて疲れてきた。時刻は9時を示していて気温も上がってきて汗が流れる。日焼けしたくなくて敢えて長袖を選んだのが悔やまれた。

 一旦駅に戻って、番地の場所を交番で尋ねてみることにした。訝しげな顔をしていたお巡りさんも生徒手帳を見せれば笑顔で教えてくれたが、もし樋山がいじめっこで標的の家を探しに行っていたとしたらこのおまわりさんはどうするつもりなんだろうなんて冷めた頭で考える。

 先程、散々歩き回った道の隣の路地の奥にそのマンションはあった。

 1階の6号室。庭に回り込んでリビングらしきところに電気がついているのを確かめた。

 エントランスに入り、インターホンを押す。


『――はい』


 女性の声。母親だろうか。緊張してカメラを睨みつけてしまった。声が上擦る。


「朝早くに申し訳ありません。樋山恭介と申します。中学校で真司くんと親しくさせていただいている者です。真司くんは御在宅でしょうか」

『あら、樋山くん。ちょっと待っててね』


 拒否されるかと思えば明るい声で応対され戸惑っていると電子錠が開いた。


『入ってらっしゃいな』

「あ、はい……」


 もしかして罠かと思ってしまう自分が嫌だ。罠だとしても彼に会いたい。樋山は一歩踏み出した。


「こっちよ、こっち」




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