図書委員の日常
瑞樹に詰め寄り肩を掴んだところで引き剥がされた。
誰かを見ようと振り返れば特徴のない男が芝居がかった仕草で耳を覆っていた。
「自分たちに知らないこともあるって知った方がいいよー」
警戒心をむき出しにした瑞樹が樋山の腕を引き一歩引いた。
「やだなあそんなに怯えないでよ。学内で乱闘なんてできるわけないでしょう?」
昨日俺に暴行を加えたのは恐らくあなたの友人なのですが、と言いたいのを堪えて俯く。
「あなたは、緒方と関係あるんですか?」
樋山の様子から何かを勘づいたらしい瑞樹が男へ訊ねると例によって特徴のない笑みを浮かべ首を傾げた。
「さあ……。『緒方』は知ってるけどね」
「なんでわざわざこちらまで来てくださったんですか?高校校舎はあちらですが」
「君、うっとうしいなあ。樋山くん見習っておとなしくしておいたら?」
名前を知られている。驚いて顔を上げても相手の様子は変わらない。
「ヒントあげるよ。あの子は僕にとってもかわいい弟のような存在だからね。まあ、実際になんとかするのはあの子だけど」
持って回った言い方に焦れていると通路の奥に、ワインレッドの眼鏡が見えた。何もしていないのにこちらを威圧できるのはすごい。
「ああ、あいつ来ちゃったか。堪え性がないなあ。――何が好きで、そうではないか考えてみたらどうかな。溺れてみるのもまた一興」
わけのわからない言葉を呟き、男は樋山と瑞樹に背を向けた。
「僕が誰かを調べてみるのもおもしろいかもね」
男の消えた先を見つめても追う気になれなくて連絡通路をとぼとぼと戻る。
「あの人、見たことがある気がする」
「どこにでもいる顔でしょう」
瑞樹が記憶を手繰ってくれているが樋山自身は結局何にも辿りつけなかった苛立ちで刺々しく言ってしまう。それにも反応することなく考え込んでいた瑞樹は小走りにロッカーへ向かう。
「思いだした。待ってて」
「ん……」
廊下に設置されている個人ロッカー。鍵がつくわけではないので誰でも開けられるがプライバシーはある程度守られている。――いじめの場合でも? 自分の想像に身震いしていると瑞樹がレジュメを手渡してくれた。
「春に定例生徒総会の準備のとき級副長会があってさ。そのときにあの人、書記やってたんだよ。やたらと早くシャーペンが動く人だったから憶えてる」