本編
「さあ」
とりあえずもう一度後ろから彼を抱きしめてみた。温かい。夢中で彼に囁く。
「緒方。好き。お返事、くれる?」
「樋山。お前は俺にあのとき、なんて言ったか憶えてるか」
「そりゃあ……」
忘れられるわけがない。
心地よい空間が壊れるかもしれない、もう二度と緒方と話せないかも、なんて覚悟していたから。
「あのときの台詞、もう一度言ってみろ」
緒方の真っ直ぐな目線が樋山を射抜く。
手にじっとりと汗ばんできて、震えそうになるのでぎゅっと握りしめた。
「緒方、好きなんだ。恋って、わかる?」
あのときの光景が浮かんできて、恥ずかしくて彼の首筋に顔を埋めた。あとひとつ。
「お返事、くれる?」
「そう、それだ」
彼は至って冷静で、樋山を見ずに器用に頬杖をついた。
「好きの返事は、嫌いだ」
「……うん」
「つまり、だ」
落ち込む樋山をよそに、いたずらっぽく彼の瞳が輝いた。
なんだか嫌な予感がして、思わず彼から離れて後ずさる。
「なあ、樋山」
「は、はい」
心なしか彼は楽しそうで。樋山は全然楽しくない。
「俺は、付き合ってくれとは言われてないぞ」
それって、つまり。
「おがたあああああああ! 付き合ってください!」
「うるさい、断る」
「なんで!? 今はやりのツンデレ!? いや、そんな緒方も好きだけど!」
「違う! あんなカタカナで片付けるな。日本には天の邪鬼という言葉がある。まあ、どちらでもないが」
すっと彼の目が眇められ、自然とこちらの表情も引き締まる。
「二週間、俺を放置したな」
「……はい」