図書委員の日常
――おかしいと感じたのは、彼の制服が湿っていたから。
7月に入って初めての雨の日、昼休みの図書室。
飛び乗ったあの日、彼に拒否されなかったので、隣に座り彼の横顔を眺めるだけでは物足りなくなってきた樋山は堂々と背後から彼に抱きついて一緒に本を読んでいる。
その位置に落ち着いて一週間が経っていた。
天気予報は昨日から雨を告げていたから傘を持っていたはずなのに、彼のカッターシャツはじっとりと濡れていた。普段から抱きついていなければ気づかなかったかも知れない。
本に集中している彼をじっくり観察する。記憶を手繰りよせ、先程彼が返却した本はまったく濡れていなかったことを思い出す。
昼休み終了には早いけれど彼から本を取り上げる。明るい茶色の瞳が腕時計へ走り、まだ時間があると知ると不満げに細められた。
「待って、緒方。怒りたいのは俺の方だよ。なんで緒方のシャツ、濡れてんの」
「登校中に傘が折れた」
「なんで本は濡れてないの」
「体育があったから、タオルで包んできた」
あらかじめ用意してあったようにすらすらと答えられるが、それに訝しむよりも本が無事な理由がなんとも彼らしくて呆気にとられてしまった。
「もう……風邪ひくよ」
「夏風邪は馬鹿がひくんだ。そして俺は馬鹿じゃない」
「すごい自信だね。まずは自分を大事にしなよ」
亮介の姿が彼に被り苦笑するとむっとしたように肩を叩かれた。タイミング良くチャイムが鳴る。ふっとどちらからともなく笑いだして、緒方は初めて本を借りなかった。
おわり