図書委員の日常
階段を駆け下り、滑らかに開く図書室の扉に手をやり飛び込む。
誰もいない。いや、誰もいないのはいつものことだけど彼がいない。こんなことは初めてで不安になってきた。
ひとりきりの図書室は不気味で、人の気配がしないのに見られているような気がして入口に引き返すと向こうから開いて樋山は悲鳴を上げた。
「うるさい」
そこにいたのは緒方で、気が抜けてへたり込むとぐしゃりと髪を掻き混ぜられた。
「どうした。怖かったか?」
笑みを堪えているような声にむっとして恨めしげに見上げれば彼は隠すことなく腹を抱えて本格的に笑いだしてしまった。
「ひどいよ緒方。俺本当に怖かったのに」
「いや、悪い悪い」
脇の下にまだ震えている彼の腕が入り、ふらつきながらもなんとか立たせてもらった。
「緒方、好き」
「そうか」
目を見ず言ったから彼の表情はわからないけど、嫌悪は感じない答えに安堵した。調子に乗ってるふりをして心の奥底で怯えながら彼に訊ねる。
「緒方は? 俺のこと好き?」
「好き」
あっさり答えてくれて、いろいろ考える自分がなんだか馬鹿らしく思えてくる。
「緒方、好きー!」
彼の背に飛び乗って首筋に頬をすりよせると彼はくすぐったそうに笑っておもしろくなってきて肩甲骨に頭をぐりぐりと押しつける。
「痛い、痛いってば。降りろ」
「嫌だ。3週間も我慢した。緒方不足で俺、壊れちゃうよー」
「そうか。軟弱だな」
「ガラスのハートなの」
スルーされた。今度こそハートが砕けそう、と思いながら彼の体温を手放す。
「さて、先に手続きしてくれないか」
「もちろん」
久しぶりのカウンター。先程逃げ帰った図書室をぐるりと見渡し、返却印を撫でていると緒方に小突かれた。
ひとりでは怖かった場所が、今では彼と秘密を共有する場所のようでぞくぞくした。
おわり