図書委員の日常
中学2年生になりました。
クラス替えで緒方と離れてしまい、いつだって考えるのは彼のこと。このままでは中3で応用クラスは難しいかもなんて嘯きつつ成績はちゃっかり上位をキープ。
そんな樋山の所属委員はもちろん図書、昼休みと放課後を過ごす場所も図書室だ。
放課後の図書室、彼が紙を捲る音だけが響く。いつもは隣で読書する樋山も今日はそれどころではなかった。
春でただでさえ肌寒いのに、緒方と樋山のふたりだけしかいない閑散としている図書室は冬とあまり変わらない。いや、暖房が入っていた分、冬の方がましだった。
寒がりの緒方は読書中に無意識に暖を求めたらしい。
今の緒方の背もたれは樋山で、その背もたれ本人は生殺しだと天を恨んでいた。せっかく彼に薦めてもらった本も、ちっとも頭に入ってはこない。
中1の秋、緒方に告白を聞かれて了承のような返事をもらったものの特に進展はなくあれはもしかすると夢だったのではないかと樋山は自らを疑っていた。
だって、メアドすら知らないんだよ……! と誰かに訴えたいが、その訴えたい本人に微笑まれると何も言えなくなってしまうからとりあえずは現状維持だ。
樋山だって行動を起こそうと考えなかったわけではない。
メアドだって春休み前に訊こうとしたが、なかなか言い出せないまま休みを迎えた。
もちろん、遊ぶこともできなかった。それがこの形容不明の関係の原因かもしれない。
いや、形容はできる。友人だ。遊んでいなくても、長い時間を共に過ごす友人。たぶん彼はそうとしか思っていない。
それでいいじゃないか、少なくとも彼と一緒にいることはできると冷静な自分が言うがどうにも納得できない。
背中越しにじんわりと伝わる熱が愛しくて、彼に好きだと呟いた。
聞こえていないとわかってるから言う自分に、この状況を打破できるはずがないと自嘲しながら。
ただでさえ図書室に籠りがちな緒方には、中1のときとうとう友人はできなかった。それはグループワークにも影響していて、二人組以上での複数の活動のときは樋山が緒方と組んでいた。
今は緒方とクラスが離れてしまったが、幸い幼馴染の亮介と寛樹が彼と同じクラス。
彼をひとりにしないでくれと頼むまでもなく亮介はさりげなく動いてくれた。寛樹は不満そうだ。緒方が周りに甘えているように見えるらしい。感じ方は人それぞれなので樋山はもう何も言わないがなんだかんだ言いつつ優しいふたりには感謝している。
幼馴染たちは彼について何も訊いてこない。あの噂のときだけだ、彼らが干渉してきたのは。樋山に興味がないだけという可能性も考えられるが悲しいのでそっと目を瞑る。
あの噂は程なくして治まったが、気は抜けない。緒方を好きなことが周りにばれないように常に気を張る日々。これ以上彼を孤立させる原因が自分であってはならないと樋山は緒方を好きになったときから戒めていた。本当は彼にも知られたくなかったけれど、それは仕方がない。
疲れることなんてない。好きな人がこちらを見て微笑んでくれる。それだけで幸せだ。
緒方が身じろいで服が擦れて、ああもう読書なんてできるわけがない。
「ねえ緒方、好きだよ」
最終下校時刻を告げる予鈴が鳴る。
本に印を押し交差点まで一緒に帰って、次に会えるのは翌日の昼。なんて時間の無駄なんだろう。
「ねえ、緒方」
彼から本を取り上げ、今日こそさりげなく言うんだ。少し怖くて、彼に背を向けた。さあ、言わなきゃ。
「メアド、教えてよ」
ああ、言えた。
ドキドキしながら返事を待っていると、手の甲を取られた。初めて彼から触れられたことで頭に血が昇ってしまう。ボールペンの辿る先がくすぐったい。
「俺にも」
差しだされた手に書きこむとき少し震えてしまった。
貸出手続きは昼に終わっているから、あとは靴を履き替えて一緒に帰るだけ。
いつもなら寂しい別れの時も、メールできると思うだけで笑顔で手を振ることができた。
反対側へのバスから手を振る彼が見えなくなって、そっと彼の触れた場所を撫でてみる。
この手を洗いたくないと思ってしまう自分に苦笑するが、恋する者なんてこんなものだろう?
文字を追う彼の姿を思い浮かべた。
ずっと図書室にいるのに健康的な頬、興奮したときに薄く開く唇、読後の満足げな溜め息。
緒方の一部を知っているという優越感が、少しだけ樋山を落ち着かせた。
彼が明日の昼までに読む本はあと4冊。
おわり