図書委員の日常
「ヒロに訊いてくれ」
「なるほど……。瑞樹によろしく」
手を振りひらりと身を翻す。時間を食ってしまった。
迷惑ではない。むしろありがたいと思っている。だが、これからどうしようか。いきなり彼のところに行かないというのもおかしなものだし、第一、樋山が緒方から離れたくない。
まったく面倒臭い世界だ。
噂が事実であるにせよないにせよ、ホモだと周りから認識されただけでいじめられてしまう学校なんて。
早く彼に会いたいと図書室に飛び込むと彼はやっぱり待っていてくれた。彼の隣に座り、ぼんやりとこれからのことを考える。
冬の足音が聞こえてくる11月。窓から吹き込む風は少し冷たいけれど体が震えるのはそのせいではない。
もし噂が広まったら標的になるのは緒方だ。自分を安全圏に置きたいから楽観視しているわけではない。
苛める人間は、要するに自分までホモと見られたくないから徹底的に排除する。ただし標的が内部生だと幼い頃から知っていて少々後味が悪いし、特に入学して日が浅く、繋がりのない外部生の方が追い出しやすい。たったそれだけのこと。
まったくそんなに世間の目が気になるか? と樋山も最初は呆れていた。
世間が夏扇学園にホモが多いと言うのはやっかみだろうと思っている。名門のおぼっちゃま校と呼ばれる夏扇学園。
幼稚園はともかく義務教育の小中を私立にやれる家庭はそんなに多くはない。高校からならやれると考えても、夏扇は中高一貫だから高校からは入れない。
なのに誰かが真に受けて、ホモだと噂がたった人間を排除し始めた。
馬鹿馬鹿しいが、実際に心を病み学園を去ったものがいるのも事実だ。
ずーっと昔から。
ぽん、と頭を撫でられ意識が浮上する。
「予鈴が鳴った」
彼から気まずげに言われ真っ青になった。
いくらぼーっとしていたとはいえ緒方連れ戻し係失格だ。
「いつ!」
「今だが……」
「ああまずい早く本出して」
彼の差し出す本に印を押して階段を駆け上がって、ふと隣を見れば彼がいる。
目が合うと彼の口端があがった。
あ、馬鹿にされた。
まあ、確かにいつもと逆だけど、幸せだからそれでいい。
おわり