本編
昼休み、保健室の扉を開ける。南は樋山を一瞥し、奥へと続く扉を指した。
一礼し、ノックする。奥の部屋は保健室登校児専用だったため入ったことがなく、余計に緊張する。
返事がない。南を振り返るが勝手にしろと言わんばかりに肩を竦められた。
深呼吸し、扉を開ける。中には彼を除いて三人がいた。
彼は小さな椅子に腰かけ、机にうつぶせて寝ていた。すぐにでも駆けよりたい衝動を我慢し怯えたような視線をこちらへ向ける彼らに笑いかけ、会釈するが警戒は解かれない。
「2Cの樋山恭介です。そこに寝てる、緒方真司の友達」
彼らの警戒が、より強まった気がした。自称友達という名のいじめっこが観察に来るのはよくあることだから無理もないかもしれない。
彼らとの交流を諦めて、改めて彼を眺めた。
「緒方」
引き寄せられるように彼の髪を梳き、頬をくすぐる。
すぐ傍にある体温。
この二週間というもの、触れたくても触れられなかった体。
気がつけば後ろから抱きしめていた。この部屋にいる他の人間なんて知らない。
「緒方……、緒方、好き。ねえ、好きだよ、緒方」
久しぶりに口にすれば、止まらなかった。
頭を掻き抱き、耳元で愛を囁いて、でも返事はなくて想いだけが募る。心の隙間を埋めるように、言葉を口にする。それでも満たされはせず、ただただうわ言のように樋山は繰り返した。
「馬鹿が」
だから、聞きたくて仕方がなかったその柔らかい声と共に頭を撫でられたときは、嫌いと言われたことなんて忘れて、ただ純粋に嬉しかった。
「緒方、好き」
すぐ傍にある瞳に、今までで一番の想いを込めて告げる。
彼の瞳の中に自分がいる。幸せだ、なんて思っているとその瞳に吸い込まれ、音もなく彼の唇が離れていった。
彼はじっと樋山を見つめている。
――唇。
はっとして室内を見渡すといつの間にか三人が消えていた。
安堵すると同時に、触れた感触はなかったくせに、いやに唇が熱く感じて顔を覆った。
「ねえ、緒方」
「なんだ」
「俺の夢かな」